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パオロ・マッツァリーノ公式ブログ
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私と商標

 こんにちは。パオロ・マッツァリーノです。今日一日、関東地方は雪でした。
 寒い部屋にひとりでじっとしていると、不安がつのります。いまこの瞬間にも、中国人が私の名前を商標登録しているのではなかろうか。
 中国の商標出願状況の調べかたはわからないので、とりあえず日本のを調べてみました。
特許電子図書館 商標出願・登録情報
 称呼という欄にカナで入力します。ああ、パオロなんとかという名前でいくつかありますね。商標は商品のジャンルごとに登録することになってます。異なるジャンルなら、同じ商品名があってもかまわないわけです。だから中国で懐中電灯にiPadって登録した業者がいたんです。
 パオロなんとかの場合、ほとんどが衣料品です。いかにもイタリアのブランドっぽい名前ですから。そんななか、三松商事がPAOLOとアルファベットで登録してまして、そのジャンルがですね、「失禁用おしめ」。
 なんで? おしめとパオロ、言葉の響きにも意味にも接点は見えません。どういう企画会議を経た上で、この商標が出願されたのか、まったくもって謎です。
 なお、アイパッドで検索したところ、アップル以外に、ワコールも登録してました。アップルより先ですし、こちらは下着とパッドのイメージでわかるのですが……。

[ 2012/02/29 17:37 ] 未分類 | TB(-) | CM(-)

ブログの表示あれこれ

 こんにちは。岩波書店にコネがないパオロ・マッツァリーノです。いま声に出していってみたい言葉は、スーパーチューズデーです。バレンタインデー? ノー! ホワイトデー? ノー! スーパーチューズデー! イエス!(意味はありません)
 お気づきかもしれませんが、ブログ本文の文字をちょっと大きくしてみました。文字が小さくて読みにくいとのご指摘がありましたので。
 これね、自分でも思ってたんですよ。デフォルトの状態だとずいぶん文字が小さいなと。でも北川景子さんのブログも字が小さいし、ブログってみんなそんなもんなのかなと放置しておりました(なぜ北川景子基準?)
 ちょっと文字を大きくするだけで、やっぱり読みやすくなりますね。しばらくこれでやってみて、読みづらければまた考えます。あるいは、自分が老眼になったら。
 もうひとつ、前から気になってたんですが、フォント指定ってするべきなんですかね? インターネットエクスプローラー(IE)で見てるかたはわからないと思うのですが、じつはFirefoxで見ると、日本語の記号類の表示がヘンなんです。 たとえば、…… ○○ ほら、本来なら点が真ん中にくるはずなのに、Firefoxだと下にきちゃうし、丸も小さくいびつになってしまう。
 ネットで調べると、これはFirefoxの仕様なので、日本語のフォント指定をすればきちんと表示されるらしいんです。でもフォントは機種ごとにちがいますから、指定すると、そのフォントがない機種で表示が崩れたりしませんか? 私はWindowsパソコンしか持ってないので、Macや他の機種でどう見えてるのか確認できませんし。どうしたもんでしょう。なんだかんだいってまだIEのシェアは圧倒的だから、この件は棚上げにしときますか。
 ちなみに私はFirefoxを常用しています。IEを6から7にしたときにあまりに動作がぎこちなかったのでFirefoxに乗り換えて、それ以来使い続けてます。Chromeはシンプルすぎて使いづらかったのでやめました。ウリであるスピードも、普通に使う分には、IEやFirefoxとの差は実感できませんでした。Firefoxはツールバーやタブ周りを自分に使いやすいよう、アドオンなどでカスタマイズできるのがいいんです(モジラにもコネはありませんので念のため)

[ 2012/02/27 13:55 ] 未分類 | TB(-) | CM(-)

悩めるお母さんのための読書案内 第8回がアップされました

 こんにちは。パオロ・マッツァリーノです。
 Web春秋で連載中の「悩めるお母さんのための読書案内」が更新されました。
 今回取りあげたのは『教科書の中の宗教』。
 ここ数年、私は新書の新刊をほとんど読まなくなってしまいました。あれだけ毎月大量に出てると、売り場をのぞきに行ってどんなのが出てるか追いかけるのもめんどくさくなっちゃいました。
 で、去年読んだ数少ない新書新刊のなかで、私が新書の大賞に推すならこれってことで。宗教書、比較文化論の本として、傑出した出来だと思います。大げさなことをいうと、あなたの宗教観が変わるかもしれません。

 もう一冊あげるとしたら、偶然こちらも岩波新書なんですが、島田昌和さんの『渋沢栄一』。経営学の専門家が、ビジネスマンとしての渋沢栄一の仕事をきちんと研究しています。これまで出た渋沢栄一の伝記や小説類の多くは、経済や経営のことなどなんもわからない文系人間が書くことが多かったんです。だから「渋沢栄一の業績は『論語』の精神によって成されたものである」みたいな、とんでもないデタラメ分析ばかりが幅をきかせてました。
 渋沢栄一が実業家として成功したのは、突出した経営センスを持ってたからです。もともと才能のある人が、欧米の経済学・経営学を学んで、いち早く日本で実践したから成功したんです。成功の理由は才能・努力・実践。それだけです。論語の精神なんてのはあとからくっつけたヘリクツにすぎません。『論語』には慈善事業をしろなんてことは書いてないんだから、渋沢が慈善事業に熱心だったのも『論語』の影響とは無関係です。ミもフタもないことをいうと、たとえ『論語』を読んでなかったとしても、渋沢は慈善事業をやってたはずです。
 論語のおかげだとか、そういう精神論が好まれるのは、要するに、社会科学も自然科学もわからない文系思想家の嫉妬。やっかみ。ルサンチマン。彼らは自分のわからない分野が社会で影響力を持っていることを認めたくないだけなんですよ。
[ 2012/02/20 19:52 ] おしらせ | TB(-) | CM(-)

私と土下座

 こんにちは。パオロ・マッツァリーノです。同居している占い師に勧められ、ブログをはじめました。同居している予言者には、最初は面白がってまめに更新するけど、そのうち更新頻度が落ちるだろうといわれました。同居している警視総監には、もっくんに家賃を払わなくてもよいといわれました。
 さ、ウソはこれくらいにしまして、先日、土下座について取材を受けました。なぜかというと、私の著書、『パオロ・マッツァリーノの日本史漫談』が、日本でもっとも土下座の歴史について詳しく書かれている本だからです(これはホント)
パオロ・マッツァリーノの日本史漫談
 とかく、教科書に載ってないような文化史・庶民史に関しては、ネットの情報はまったくあてになりません。根拠のない私論・私見ばかりで、事実確認もできません。
 たとえば、土下座をウィキペディアでひいてみてください。べつにこの項目を書いた人に恨みがあるわけじゃないけど、これ、かなりダメな例です。もっともらしいことがちょろちょろっと書いてあります。でも、根拠となる史料も出典も示されてません。江戸時代には、土下座をすればたいていのことは許してもらえる風潮があった、なんて書いてあるのには驚きです。そんな話は聞いたこともないし、常識的に考えてありえないでしょう。土下座で許されるなら、江戸時代には刑罰など存在しなかったはずです。オレは土下座なんかしねえ! と頑なに拒んだヤツだけが死刑にされてたとでも?
 詳しくは『日本史漫談』に(根拠を明確にして)書きましたけど、江戸時代の庶民は、現代人がイメージするいわゆる土下座の礼は、めったにしていません。ただし、江戸末期から大正時代くらいまでの日本では、地べたにあぐらをかいて座ることも、うんこ座りをすることも、みんなまとめて土下座といってたんです。これは当時の新聞や小説などの記述からもわかります。ですから広い意味では、むかしの人は土下座をやたらとしていたといえなくもありません。
 つまり、明治時代にタイムスリップして、当時の人に土下座しろ、と命じたら、ただ普通に地べたにあぐらかいて座るか、うんこ座りするはずです。なお、土下座して謝るという行為自体が一般的になったのは、昭和初期からです。

 なにか情報を伝えるとき、根拠を示すのは非常に重要なルールです。ネットではパクリ行為にきびしい人が多いのに、情報の根拠を明らかにすることに関しては、みなさんなかなか守ってくれません。
 私の本には、「だれそれによると」「なんとかという本の記述によれば」みたいな文章が頻繁に出てきます。学術書であれば、それは注として巻末にまとめて書くのが普通です。でも私は一般読者が巻末の注なんか読まないことを知ってるから、文章がちょっとまわりくどくなるのを承知で、あえて本文中に書いてしまいます。
 それは、他人が発見した情報を自分の手柄のようにしないためです。私自身、いろいろな文献調査をしてきましたから、なにかを調べることの大変さを身を持って知ってます。ググってすぐにわかるような情報には、たいした価値はありません。
 情報はみんなの共有物だ、なんて思ってるなら大まちがいです。引用じゃなければネタ元は明かさなくてもいい、というのも失礼な話です。それは自分で調査研究をしたことのない(かつ、その能力のない)人間のいいぐさです。
 だから情報を伝えるだけでなく、その情報を調べた人、発見した人の功績を称えるためにも、私は根拠を示すのです。

 というわけで、もし土下座について調べているかたがいましたら、まずは『日本史漫談』を読んでみてください。それどころか、本書を読まずして土下座を語るな、といっておきましょう。
 そして雑学本ライターのみなさん、もし『日本史漫談』および私の本に載ってる情報を使う場合は、参考文献として必ず書名を明記してくださいね。ネタ元や根拠を示すというルールをもっとも守ってないのが、雑学本ですから。
[ 2012/02/16 18:11 ] 未分類 | TB(-) | CM(-)

私と純文学

 こんにちは。パオロ・マッツァリーノです。
 少しずつブログの仕組みがわかってきたので、レイアウトをいじってみました。サイドに著作のカバー画像をずらっと並べたいなあと思い、画像ドラッグアンドドロップみたいに簡単にできるかと期待したら、サイドにこういうの表示するには、HTMLのソース書かなきゃいけないのね。ブログってラクに作れるかと思ったけど、見栄えをよくしようとすると、結局、普通のサイト作るのと労力は変わらない気が……。
 最初の記事で、拍手ってボタンが謎だと書きましたが、消しかたがわかったので消しました。
 当ブログは、余計な要素を極力取っ払う方針で運営します。アクセス解析なんてのもやりません。コメント、トラックバック、ありません。これはべつに読者とのコミュニケーションを拒否してるわけではありません。自分の書いた文章以外には責任持てないから表示したくないんです。
 ご意見・ご感想・ご質問のあるかたは、メールフォームから送信してくだされば、読みますし、返事を出すこともあります。メールフォームが書きづらければ、反社会学講座の本家サイトに記載してあるメアド宛にいつもお使いのメールソフトなどで送ってください。
 返事は、100パーセントは期待しないでください。これまでの実績ですと、そこそこ、返してます。返事しないのは、なんと返事したらいいのかわからない場合が多いです。抽象的すぎる質問を受けたとき。込み入った議論をふっかけられたとき。自分の守備範囲でないことを聞かれて、本当に答がわからないときもあります。でも、すべて目を通して参考にはしてますので。

 せっかくだからブログっぽく、今日の新聞ネタなんかも書きますか。
 2月11日付読売新聞には、直木賞作家の佐藤賢一さんのインタビューが1面に、先日芥川賞を獲った田中慎弥さんのインタビュー記事が2面に載ってました。エンタメ作家と純文学作家のインタビューです。
 エンターテインメントと純文学のちがいはなにか。読むと爽快、痛快になるのが、エンターテインメント。読むと不愉快になるのが純文学。人間のイヤな面、汚い面、醜い面をひっぺがして見せるから。エンタメもときにそれをやりますが、必ずきれいに片付けて、既存の倫理を傷つけぬようにして終わります。
 わかりやすい例がテレビの2時間サスペンス。どんなに凶悪な事件が起こっても、最後で必ず犯人がわかり、崖の上ですべての真相を語って逮捕または自殺によって勧善懲悪が保たれ、視聴者は爽快な気分で床につき、翌朝目覚めるころにはサスペンスのことなどけろっと忘れてます。
 佐藤さんのインタビュー記事はこんな文章ではじまります。「今の日本は、バブル崩壊後の次の価値が見つけられていない。先の見えない時代には、新しい価値を提示してくれる指導者が必要だ」。
 ほら、痛快でしょ。いかにもエンタメ作家らしいものの見かたです。世の中のオッサンたちも、こういう歴史ロマン的な社会の見かたが大好物なんです。
 でも、バブル崩壊前には、立派な価値が提示されてたんですかね? それもしかして金儲け至上主義のことですか? 産業発展のためなら公害なんてたいした問題じゃない、多少犠牲者が出たくらいで騒ぐんじゃない、ってのが、高度成長期の主要な価値観のひとつだったことは、否定しようのない真実です。いま、ソフトバンクの孫さんは、次々と新事業を興して新たな価値を提示し続けてますけど、孫さんを国の指導者にしよう、なんて声は聞こえてきません。それどころか、新たな価値を提示する成功者は、やっかまれて批判されるのが世の習いです。歴史ロマンで現実の人間と社会は説明できません。

 では、田中さんのインタビュー記事はどうだったかといいますと、あまりにありきたりな内容でがっかりです。
 田中さんといえば、受賞後のぶっきらぼうなインタビューで有名になりました。私は田中さんの作品は読んだことありませんが、たぶん、変人なんだろうなと思います。それでいいんです。純文学作家は、人をイラつかせるような変人でないとダメなんです。
 受賞後のマスコミ報道を見てると、田中さんを、じつはいい人なのだという方向へ持っていこうとしてる印象を受けました。母親からいい話を引き出そうとしてたりね。田中さんご本人は、それ望んでるのかな。なぜマスコミのみなさんは、変人を変人のまま讃えてくれないんですかね。賞をもらうのはいい人でなきゃいけないんですか。むしろ、芥川賞は変人賞なんだ、変人を讃える賞なんだと認識を変えたほうがいい。
 30すぎまで小説書くだけで、働いたことがなかったというのはたしかに世間的に見れば変人確定エピソードでしょう。でも、よく考えてみてください。石原慎太郎さんだって、学生時代にいきなり作家デビューして売れっ子になり、結局これまで、作家と政治家しかやったことがない人です。まともに働いたことがないんですよ、あの人。世間一般の基準からいえば、完全なる変人です。石原さんはロマンを語るのが上手で、自分を強い人間にみせるのが得意なので、変人扱いをまぬがれているだけです。一皮むけば絶対変人のはずなのに常識人のふりをする石原さんこそ、日本一うさんくさいオッサンです。
 ところで私はそんなに純文学を読んでるのか? いいえ、エンタメのほうが断然好きです。エンタメばかり読んでると、心が爽やかにマヒしてしまうので、たまに純文学を読んで不愉快な気持ちになり、心をリフレッシュするのもいいものですよ。
[ 2012/02/11 22:46 ] 未分類 | TB(-) | CM(-)

ブログはじめました

 こんにちは。パオロ・マッツァリーノです。
 ブログをはじめました。
 以前からやっているサイト、スタンダード反社会学講座は昔ながらのHTMLエディターで地道に制作してきましたが、だんだん面倒になってきたので、ブログのほうが記事が書きやすいかと思い、ためしに開設してみました。
 まだブログの機能がたくさんありすぎてよくわかりません。下に出てる拍手ってなんなんだ?
 いまのところ最低限の表示しかしてませんが、今後、ちょっとずつ改良していきます。
[ 2012/02/08 19:42 ] おしらせ | TB(-) | CM(-)
プロフィール

Author:パオロ・マッツァリーノ
イタリア生まれの日本文化史研究家、戯作者。公式プロフィールにはイタリアン大学日本文化研究科卒とあるが、大学自体の存在が未確認。父は九州男児で国際スパイ(もしくは某ハンバーガーチェーンの店舗清掃員)、母はナポリの花売り娘、弟はフィレンツェ在住の家具職人のはずだが、本人はイタリア語で話しかけられるとなぜか聞こえないふりをするらしい。ジャズと立ち食いそばが好き。

パオロの著作
みんなの道徳解体新書

日本人のための怒りかた講座

エラい人にはウソがある

昔はよかった病

日本文化史

偽善のすすめ

13歳からの反社会学(文庫)

ザ・世のなか力

怒る!日本文化論

日本列島プチ改造論(文庫)

パオロ・マッツァリーノの日本史漫談

コドモダマシ(文庫)

13歳からの反社会学

続・反社会学講座(文庫)

日本列島プチ改造論

コドモダマシ

反社会学講座(文庫)

つっこみ力

反社会学の不埒な研究報告