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議会ヤジ問題の簡単な解決策

 こんにちは、パオロ・マッツァリーノです。ひさびさに、新党アルデンテ代表として発言せねばならないようです。そう、例の鈴木章浩都議のヤジ問題。
 ヤジの内容に関しては、多くのみなさんからの批判が出尽くしてますので、それ以上つけ加えることはありません。少数の知能の低い人間が、マヌケなヘリクツで擁護しているようですが、そんな連中は自ら差別主義者であることを公言してるようなものですから、軽蔑してやるだけでいい。

 私が問題にしたいのはそこから先。再発防止のための具体的かつ実効性のある対策がなにもとられずに、謝罪というみそぎ精神論で幕引きされようとしている点こそが問題です。ほら、前から私が批判している、日本人のもっとも悪いクセがまた出ちゃいました。
 悪質なヤジをなくす方法は簡単です。現状ですと、都議会の中継映像は、発言者のみを撮影するようになってるようです。それだけだからダメなんです。つねに議員席の様子もべつのカメラで同時に撮影・録画しておけばいいんです。そうすれば、今後、議員席からなにか悪質なヤジが聞こえたとしても、証拠が残り、発言主を特定しやすくなります。このシステムを導入すれば、議員も自分のヤジの内容に責任を持つようになるはずです。さらに、会議中の居眠りやスマホゲームなどの防止効果も期待できて、一石二鳥。
 このシステムを導入するのには、たいした予算はかかりません。こういう現実的な対策をとろうとせず、謝罪と反省だけで済ませれば、いずれまた必ず問題は再発します。
 ただし、このシステムにも弱点はあります。議員がみんなで腹話術教室に通った場合、発言者の特定が困難になるかもしれません。あれ?  ヤジが  遅れて  聞こえるぞ。
[ 2014/06/26 09:38 ] 未分類 | TB(-) | CM(-)

『プラトニック』にハマってます

 こんにちは、オリンピックとワールドカップにはまったく興味がないパオロ・マッツァリーノです。興味がないので、応援も批判もしません。負けたからといって誰かを責めることもないし、勝ったからといってべつにうれしいとも思わない。どこの国が優勝しようがどうでもいい。
 私の中でいま一番盛り上がってるテレビ番組は、NHKBSでやってる連ドラ『プラトニック』です。
 心臓移植以外に治る見込みのない心臓病を患う娘を持つ母親(中山美穂)に、ネットで知り合った見知らぬ青年(堂本剛)が「ボクの心臓を娘さんにあげます」と申し出る。青年は脳腫瘍で余命わずかと宣告されていたのだ。それが違法な臓器売買に該当するとわかると、青年は娘の母親に結婚を申し出る。親子間の移植なら形式上は許されるはずだと……
 って、ストーリーだけ聞くと、なんかあざといでしょ。難病ものプラス恋愛もので号泣必至の方程式。おいおいNHKまでそんな視聴率稼ぎに走るようになったのか。
 ちかごろの日本映画ってさ、難病ものがやたら多くない? いいひとが難病になって死ぬ、かわいそう、泣ける。悪い人が難病になっていいひとになって死ぬ、やっぱかわいそう、泣ける……こんなんばっかり。そりゃかわいそうなのはわかってるさ。でもそれをウリにした話はもううんざりだ。だれだっていつかは死ぬんだ!
 ……って、脚本の野島伸司さんも思ったんじゃないですかね。だから、お手軽に涙と感動を求めて寄ってくるような連中にちょっと嫌な気分を味わわせてやろう、と意地の悪いことを考えたんじゃないかと勘ぐってしまうこの『プラトニック』というドラマ。かなりどす黒い毒が仕込まれているインモラルな話なんですが、巧妙にできてるので、毒に気づかずに批判したりほめてる人も、けっこういるようです。
 中山さんが演じる母親は、一見、難病の娘に自分の人生を捧げる聖母か菩薩のような女だけど、2話、3話と進むにつれて、じつは娘の治療のためなら女であることを利用して男を誘惑することも厭わない、逸脱したモラルの持ち主であることが明らかになっていきます。
 そういう内面のおぞましさや二面性に、人間的でおもしろいと興味を持てる人なら、このドラマにハマります。安易な感動を期待してた人は、共感しづらいことにとまどい、2話か3話で見るのをやめたかも。
 さらに鈍感な連中は、このドラマを見て不快感をおぼえても、それが自分のなかのモラルを揺さぶられたからだと気づかない。そこで不快感の原因を、設定にムリがある、こんなのありえない、などと、リアリティのなさのせいにして叩いてる的外れなレビューが、ネットの芸能ニュースなどにもありました。
 じゃあ、水戸黄門みたいなリアリティのかけらもない話が絶大な支持を集めたのはなぜなんです? それは、勧善懲悪を求める視聴者のモラルに合致してたからです。よのなかの多くの人々はドラマ・映画・小説に、リアリティではなく、自分が共感できるモラルを強く求めます。モラルに合致していれば、リアリティなんてどうでもいいんです。
 自分のなかのモラルを最大限肯定された状態を、人は「感動」と呼ぶんです。だから感動は人を成長させません。人は、自分と異なる倫理観、価値観が存在することを知ったときにしか、成長できないんです。
 現時点では、『プラトニック』の結末がどうなるのかは、予測できません。案外、普通っぽいところに着地してしまう可能性もないとはいえません。
 たとえそうであっても、視聴者に媚びを売り、視聴率が下がると視聴者が喜びそうな方向へストーリーを修正していくような民放地上波のドラマとは、こころざしがちがうことだけは、たしかです。
 おすすめしといてなんだけど、これ途中から見たらおもしろさ半減だから、興味を持ったかたは、再放送やDVD化を待つか、配信などで最初から見てください。
[ 2014/06/21 17:01 ] おすすめ | TB(-) | CM(-)

「むかしはよかったね?」掲載誌が発売中です

 こんにちは、パオロ・マッツァリーノです。
 ごく一部で大好評の「むかしはよかったね?」が連載されている『新潮45』最新号が発売中です。
 今回は「安全・安心ウォーZ」。ちまたにあふれる「安全・安心」という欺瞞と矛盾に満ちた愚かな言葉の化けの皮を剥いじゃいます。またモラリストに嫌われるようなネタですね。
 日本人は、安全というものを真剣に考えようとしないんです。科学的・統計的に危険の度合いをあきらかにすることを軽視し、危険を可視化して回避するということをなぜかしたがりません。
 じゃあなにをするかというと、精神論なんです。誠意やまごころ、おまじないやゲン担ぎによって、危険を追い払ったり、見えなくしたりすることで「安心」することを最優先してしまうんです。
 だからまずは危険を隠蔽することに全力を注ぎ、隠蔽がバレたときには、全力で謝罪する。謝罪会見で「安全・安心」を約束し、ケガレを祓う姿勢を見せる。その姿勢に誠意があることを感じ取れれば日本人は「安心」し、みそぎは終了、危険は去ったことになります。
 でも、それは安全を高めることにはなんの役にも立ってません。○○安全協会みたいな組織を立ち上げて、危険に立ち向かうポーズを見せるけど、立ち上げるだけで安心し、具体的な活動はしない。だからいずれまた安全が脅かされる事故や事件が起きる。すると、また謝罪をし、新たに就任した協会員が安全・安心を約束する。もちろん、約束するだけでなにもしない。この繰り返し。
 少数の文化人や識者が「安全・安心」のいかがわしさに気づき、批判を試みてはいるのですが、日本全体を覆いつくす「安全・安心」ブームの強大さに対しては、レジスタンスは劣勢を強いられたままです。
 というわけで、私も安全・安心ウォーに参戦してみましたので、詳しくは記事をお読みください。
[ 2014/06/18 10:11 ] おしらせ | TB(-) | CM(-)

パオ散歩 東京下町編

 こんにちは、パオロ・マッツァリーノです。
 パオロ・マッツァリーノのおもてなされ散歩。今日は、東京の下町におじゃましています。おい、来てやったぞ! だれか私をもてなせ!
 東京の下町を歩くと、民家の玄関先に小汚い植木鉢が並んでます。じゃまくさいですねぇ。東京オリンピックまでには、どかしてください。
 もうひとつ、東京の景観を汚してるのが、「誰か見てるぞ!」と書かれた防犯祈願の厄除けステッカー。民家の玄関ドアや門扉にべたべた貼ってあってありますが、あの言葉、なんかヘンじゃないですか?
 あの言葉を文法的・言語学的に解釈すると、「誰か見てるぞ! オレは見てないけど……」という意味にとれます。
 もしも自分が見てるなら、「オレが見てるぞ!」じゃなきゃおかしいわけです。「誰か見てるぞ」ってことは、オレは見てねえんだよ、と監視をサボってることを堂々と宣言し、そのうえ、他のヤツ誰か見てろよ、と他人に義務を押しつける、なんとも無責任でずうずうしい態度が垣間見えます。人間のクズといっても過言ではありません。
 はい、反論。「オレ」は「誰か」に含まれるんじゃないですか? オレも見てるのではないですか?
 ほほう。じゃあ「誰か助けてー!」と叫んで助けを求めてる人は、「誰か」に自分も含めてるのでしょうか? ちがいますよね。「誰か助けてー! 自助努力ではムリそうだから……」と主張してるわけです。
 てことは、「誰か」に自分は含まれないと考えるのが妥当であって、やっぱり「誰か見てるぞ」はオレは見てないぞ、と解釈するべきでしょう。
 いやあ、散歩っていいもんですね。散歩で脳のリフレッシュ。パオロ・マッツァリーノのヘリクツ散歩、また次回(番組名変わっとるぞ)
[ 2014/06/13 20:36 ] 未分類 | TB(-) | CM(-)

新聞論壇とビッグデータもどきとおじさん嫌い

 こんにちは、パオロ・マッツァリーノです。無印良品のレトルトカレーがうまいので、たまに買いに行くのですが、無印良品の男性店員って、なんとなくみんなおネエっぽく見えるのは……気のせい?
 相変わらず調査のために古新聞古雑誌ばかり読んでます。テレビ番組表の雑誌以外は、新聞雑誌をまったく定期購読していないもので気づくのが遅れましたが、朝日新聞5月29日付の「論壇委員が選ぶ今月の3点」で、小熊英二さんが私の新潮45連載「むかしはよかったね?」第6回をあげてくださったようです。まちがいだらけの自警団の回ですね。ありがとうございます。
 自分では毎回、超絶的なクオリティの原稿をお届けしてるつもりなのですが、あんまり反響がないんで、だれも読んでないのかと思ってました。

 先週か先々週あたりだったかな? 電車の中吊り広告を見ていたら、百歳長寿の秘密をビッグデータであきらかにしたとかいう週刊誌記事に目がとまりました。そんな研究があったのか、と興味を持って本屋で立ち読みしたら、案の定というか、ビッグデータどころか、ゴミデータの寄せ集めでした。
 記事には、20パーセントの百歳長寿は酒を飲んでいる、やはり酒は百薬の長だった、なんて書いてあります。
 ちがうでしょ。そのデータが正しいのなら、80パーセントの健康なご長寿は酒を飲んでないってことだから、酒は飲まないほうが圧倒的に健康で長生きできるという結論になるでしょうが。
 そのデータはたぶん、私も『続・反社会学講座』で取りあげたことがあるこのデータじゃないかと思います。
 これによれば、じいさんの45パーセント、ばあさんの78パーセントは若いころから酒を飲んでなかったようです。以前飲んでた人も歳とってからはやめた人が大半を占めます。100まで生きたかったら、酒もたばこもやらないことです。ただ、鯨飲して早死にするのも、べつに悪い人生ではないですよ。そこは個人の価値観による選択ですから。

 書店をうろついてたら、古市憲寿さんの『だから日本はズレている』という新書が山積みにされてました。人気者だな。パラパラ立ち読みすると、なかなか楽しそうなことが書いてあります。
 なんでも、本当は書名を「おじさんの罪」としたかったけど、版元のおじさんたちに反対されてボツになったとのこと。
 ああ、その書名にしたかった気持ちはわかります。いまのよのなかを作ったのもおじさんだけど、よのなかをダメにしたのもおじさんなんだから。
 私は若いころからおじさんが嫌いで、自分がおじさんになればおじさんにシンパシーを抱くようになるのかなあ、なんて考えてたけど、自分がおじさんになったら、ますますおじさんが嫌いになりました。
 そしたら、本屋で急に思い出しました。そうだ私、以前に古市さんの本をもらったことがあるんです。『希望難民ご一行様』って新書。ご本人にいただいたのでなく、光文社のVERYで連載してたとき、本田由紀さんから私に、ということで献本が光文社の社内をいろいろ経由して届いたのでした。本田さん、古市さん、その節はお礼もいわずにすいません。
 古市さんを批判するおじさんもけっこういるのでしょうけど、あんまり気にする必要はないですよ。たぶん、テレビで古市さんを見て批判してるおじさんの2割くらいは、川越シェフとまちがえてると思います。
[ 2014/06/06 21:40 ] 未分類 | TB(-) | CM(-)
プロフィール

Author:パオロ・マッツァリーノ
イタリア生まれの日本文化史研究家、戯作者。公式プロフィールにはイタリアン大学日本文化研究科卒とあるが、大学自体の存在が未確認。父は九州男児で国際スパイ(もしくは某ハンバーガーチェーンの店舗清掃員)、母はナポリの花売り娘、弟はフィレンツェ在住の家具職人のはずだが、本人はイタリア語で話しかけられるとなぜか聞こえないふりをするらしい。ジャズと立ち食いそばが好き。

パオロの著作
会社苦いかしょっぱいか

みんなの道徳解体新書

日本人のための怒りかた講座

エラい人にはウソがある

昔はよかった病

日本文化史

偽善のすすめ

13歳からの反社会学(文庫)

ザ・世のなか力

怒る!日本文化論

日本列島プチ改造論(文庫)

パオロ・マッツァリーノの日本史漫談

コドモダマシ(文庫)

13歳からの反社会学

続・反社会学講座(文庫)

日本列島プチ改造論

コドモダマシ

反社会学講座(文庫)

つっこみ力

反社会学の不埒な研究報告