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意外に良心的なテレビ番組

 こんにちは、パオロ・マッツァリーノです。
 以前、やらせ問題でケチがついた『水曜日のダウンタウン』。毎週見てるわけじゃないのですが、先週今週と見たかぎりでは、かなり良心的な番組に思えました。

良心的なところその1・仮説を検証してみる姿勢
 先週の放送では、むかしのあだ名が容赦ないという説を検証してました。町でお年寄りたちに、こどものころに自分やともだちにヒドいあだ名がつけられてなかったかとたずねたところ、笑っちゃうくらいストレートに容貌や貧しさを攻撃するあだ名が出るわ出るわ。いまだからこそ笑えるけど、やっぱり本人は傷ついてたはずですよ。そういうもんだと甘受していたのでしょうけど。
 要は、むかしの人のほうが他人の気持ちに鈍感だったんです。むかしは道徳心が強かったなんてのは真っ赤なウソ。むかしのほうがヒドかったって事実を垣間見せてくれた興味深い検証でした。

 この番組の基本的な枠組みは、仮説が本当かどうか検証してみよう、というものです。もちろんその仮説というのは、非常にくだらないものが多いのですが、どんなにくだらない仮説でも、検証してみるとおもしろい事実が浮かび上がる可能性を秘めているのです。
 むかしやっていた『トリビアの泉』も良心的な番組でした。あの番組の価値は雑学を披露することにはありません。疑問の残る説を「実際にやってみた」と検証するところにこそ、真の価値があったのです。
 統計的に有意かどうかなんて批判は、とりあえずおいといていい。気になるならあとであなたが再検証してみれば? 仮説を検証してみる姿勢が、まずは大切です。

良心的なところその2・わからないと認める勇気
 今週は、鬼には角が1本のものと2本のものがあるが、どちらがスタンダードなのかみたいなことを検証する民俗学的なネタをやってました。
 が、予想外の展開が待ってました。いろいろ調べたけれど、結局よくわからなかった、と結論を出してVTRが終わるのです。
 プレゼンターの小藪さんは、だったらカットせえ! といってましたけど、小藪さん、それは違いますよ。学問の世界では、いろいろ調べたけれど結局わかりませんでした、と結論を出すのも、非常に大切なことなんです。
 そして、わからないと認めることは、とても勇気がいるんです。三流学者ほど、プライドばかりが高いからわからないといえません。わからないというとバカにされそうな気がするから。そういう学者がわかったフリをしてデタラメな理論を広めてしまうことが、学問にとっては最悪なんです。わからないと結論を出すことは、負けでも恥でもないんです。
 そんなわけで『水曜日のダウンタウン』で鬼のことを調べたけどわからなかった、と堂々と放送してたのを見て、なんて良心的な番組なんだと感心したのです。

 逆に最低な番組が『ホンマでっか!?TV』。わけのわからない学者たちが、まだ検証もされてない仮説をさも定説であるかのように得意げに披露したり、的外れな理論でものごとを説明しています。ろくに仮説を検証もしないし、あの番組に出てる学者たちは、わからない、知らないと認めたくないから、むりやりな仮説を引っぱり出してすべてのものごとを解明したつもりになってるだけ。学問を愚弄したホントにヒドい番組です。といっても、不愉快だからもう何年も見てないんで、もしかしたら番組の姿勢が変わったかも? いや、でもテレビ番組表の説明を読むかぎりでは、たぶん変わってないな。なんで批判もなく長年続いてるんでしょうね。
[ 2016/02/18 21:16 ] 未分類 | TB(-) | CM(-)
プロフィール

Author:パオロ・マッツァリーノ
イタリア生まれの日本文化史研究家、戯作者。公式プロフィールにはイタリアン大学日本文化研究科卒とあるが、大学自体の存在が未確認。父は九州男児で国際スパイ(もしくは某ハンバーガーチェーンの店舗清掃員)、母はナポリの花売り娘、弟はフィレンツェ在住の家具職人のはずだが、本人はイタリア語で話しかけられるとなぜか聞こえないふりをするらしい。ジャズと立ち食いそばが好き。

パオロの著作
会社苦いかしょっぱいか

みんなの道徳解体新書

日本人のための怒りかた講座

エラい人にはウソがある

昔はよかった病

日本文化史

偽善のすすめ

13歳からの反社会学(文庫)

ザ・世のなか力

怒る!日本文化論

日本列島プチ改造論(文庫)

パオロ・マッツァリーノの日本史漫談

コドモダマシ(文庫)

13歳からの反社会学

続・反社会学講座(文庫)

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つっこみ力

反社会学の不埒な研究報告