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スポーツ至上主義の弊害

 こんにちは、スポーツにはほとんど興味がないパオロ・マッツァリーノです。オリンピックもワールドカップも、まったく見ていない私ですが、唯一、毎年見ているスポーツのテレビ生中継がNFLのスーパーボウルです。今日も熱戦を楽しみました。途中の停電で水を差されましたけど、走るクォーターバックが嫌いな私としては、ケイパニックの猛追から逃げ切ったレイブンズの勝利でよしとします。

 ところで、日本で運動部の体罰がいまだに議論になってるってのは、なんなんでしょうか。日本人はバカなのだと世界に知らしめて、恥をかきたいのですか。
 議論するまでもありません。ダメに決まってるでしょうが、暴力なんだから。犯罪なんだから。ならぬことは、ならぬのです。
 以前にもいいましたけど、ヘリクツと精神論で暴力を正当化しようとする行為は、法治国家と民主主義への挑戦です。それを世界ではテロといいます。体罰をきれいごとのように語る記事を雑誌などに書いてる連中は、テロ支援者として全員投獄すべきです。
 だいたい、殴られてスポーツがうまくなるのなら、ボクサーは全員、世界チャンピオンになってなきゃおかしいでしょ。

 体罰の原因を、勝利至上主義とする論調がありますが、そこを論点にするのは議論の戦法としてはよろしくない。そもそもスポーツというものは、最初から勝ち負けがあることを前提としてるわけです。相手に勝つか負けるか。おのれに勝つか負けるか。あるいはサーフィンみたいな競技なら大自然に勝つか負けるか。初心者であれプロであれ、スポーツの目的はすべて勝つことにあります。勝利至上主義でないスポーツなど存在しないのだと反論されたら、論点がずれていってしまいます。
 批判すべき根本的な問題は、「スポーツ至上主義」と「スポーツ性善説」にこそあるのです。スポーツは特別なものだという考えこそが、スポーツを聖域とし、指導者を聖職者とし、批判を許されないものにしてしまったのですから。ひいては、日本社会では倫理上も法律上も許されていない暴力を、特別な自分たちだけには許されると思い上がってしまったのです。
 まずはアタマを冷やして、「たかがスポーツじゃねえか」「スポーツなんて遊びじゃねえか」「なんでたかがスポーツで殴られなきゃいけないんだ」とみんなが声を上げるところからはじめないといけません。そういうあたりまえのことすら、いえなくなってることが問題なんです。
 スポーツってそんなにエラいもんなのか。なんで保護育成してやらなきゃいけないんだ。なんでスポーツだけ特別扱いされるんだ。スポーツ選手の強化費用とかに国の予算を使うなら、鉄道オタクやアニメオタクも国の予算で強化してやったらどうだ――とスポーツに関心のない人はみんな思ってるんだけど、なんかそういう疑問すら口にするのはタブーみたいな空気があるんです。スポーツを見たら「感動をありがとう!」といわなければいけないようなね。
 私はたまたまアメフトで感動できますが、私のスポーツ中枢は、アメフト見るだけで満腹なんです。それ以外のスポーツは見る気もしません。人それぞれなんですから、どんなスポーツにも感動しない人がいても、べつに異常ではありません。
 東京でオリンピックなんかやらなくたっていいよ、交通規制とかされるし、テロ対策でゴミ箱全部撤去するとかいうふうになるんでしょ、ああ面倒くせー! と、スポーツに興味のない人はみんな思ってます。だけど、スポーツのためにはみんながガマンして協力しないといけないみたいです。なぜなら、スポーツは善だから。スポーツは健全だから。スポーツは素晴らしい、特別なものだから。
 こどもにスポーツをやらせれば、倫理や道徳心を養えるなんてのも、スポーツ至上主義とスポーツ性善説に根ざした幻想です。審判の目の届かないところで卑怯なプレーをしてるスポーツ選手がいることなど、中学生でも知ってますよ。元プロボクサーが恐喝で逮捕されたりとか、元プロ野球選手が脱税してたりするんですから、ホンマにもう。
 こんな批判をすると、スポーツを真剣にやってはいけないのかという反論があがるでしょう。真剣にやるのは全然かまいません。ただ、しょせんスポーツなんて遊びだ、という意識が、アタマのどこかにつねになければいけない。それこそが暴走を止めるストッパーだから。
 パチンコを真剣にやるのだって、全然かまいませんよ。でも、パチンコなんてたかが遊びだという意識を忘れるほどに入れ込みすぎると、炎天下の駐車場に停めたクルマにこどもを放置して死なせてしまうなんてことも起こるんです。
 そういう事故を起こした親に対し、すべてを犠牲にしてパチンコに打ち込むなんて感動した! と誉めないでしょ。なんてバカなヤツだと批判しますよね。スポーツの部活動だってそれと同じです。生徒が死ぬのもいとわないほどスポーツに入れ込む指導者は、熱心でいい先生なんかじゃありません。ただのバカなんです。あるいは、善悪の観念がないサイコパスか。私は後者の可能性も、もっと検討すべきだと思いますね。
[ 2013/02/04 16:08 ] 未分類 | TB(-) | CM(-)
プロフィール

Author:パオロ・マッツァリーノ
イタリア生まれの日本文化史研究家、戯作者。公式プロフィールにはイタリアン大学日本文化研究科卒とあるが、大学自体の存在が未確認。父は九州男児で国際スパイ(もしくは某ハンバーガーチェーンの店舗清掃員)、母はナポリの花売り娘、弟はフィレンツェ在住の家具職人のはずだが、本人はイタリア語で話しかけられるとなぜか聞こえないふりをするらしい。ジャズと立ち食いそばが好き。

パオロの著作
会社苦いかしょっぱいか

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