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ホットコーヒー裁判の真相

 こんにちは。パオロ・マッツァリーノです。世間にはNHKの受信料を払ってない人がいます。経済的事情で払えないのならわかるのですが、単にケチで払わないくせに、それを権力への反抗だとかヘンな理屈こねて正当化するケチンボは不愉快ですね。NHKはニュースと天気予報以外はスクランブルかけて、受信料払わないと見られないようにすればいいのに。
 私はBSまで含めれば、NHKの番組に受信料を払う価値はあると思ってます。NHKとWOWOWはカネ払って見てます。
 先日NHKBSで放送されたアメリカのドキュメンタリー『ホットコーヒー裁判の真相』はひさびさに衝撃的な内容でした。
 これは当時ずいぶん話題になった、マクドナルドのコーヒーをこぼしてヤケドしたと訴えたおばあさんが数億円の賠償金をもらえた、とされる事件。あれを再検証した番組です。日本でも、「そんなことで訴えて大金持ちになれるなんてアメリカって国はばかげてるぜ」「クレーマーと弁護士ばかりがボロ儲けするゆがんだ訴訟社会だ」みたいな言説が広まりました。いまだにそう思ってる人も多いでしょう。私も例外ではありませんでした。でも、事実はかなり違ってたんです。

・被害者は駐車場に停めたクルマの助手席で、砂糖とミルクを入れようとして(テイクアウトで買ったばかりの)コーヒーのフタを開けようとして、脚にこぼしてヤケドした(その意味では被害者にも責任はあり、裁判でも被害者側に2割の責任があったとしている)
・ただし、そのヤケドは皮膚移植が必要なほどの重症で、治療に1万ドル以上かかった。被害者はマクドナルドに、保険でカバーできなかった治療費と、コーヒー容器の改良を求めたが拒否されたため、訴訟を起こした。
・裁判の過程でべつの事実も明らかにされた。コーヒーでヤケドしたという苦情が、過去10年で700件以上も寄せられていたにもかかわらず、マクドナルドはそれを無視し、なんの対策も講じようとはしなかった。
・陪審員はその事実を重く見て、企業側の責任を問うことにした。対策を講じなかったことで得たコーヒーの利益を算定し、補償的賠償16万ドル、懲罰的賠償270万ドルを課す判決を出した。なお、これは陪審員全員一致の判決だった。

 この判決が報道されたことで、クレーマーによるボロ儲けという批判が急速に広まったのです。ところが事実にはまだ先がありました。

・裁判官は陪審員が決めた賠償額を48万ドルに減額した。その後、原告と被告のあいだで非公表の金額による和解が成立した(だから実際にもらったのはせいぜい日本円にして数千万円ってところでしょう)
・アメリカの大企業の経営者たちは、この事件に批判的な論調が世間に広まったのを好機ととらえ、巨額の資金を投入し、消費者の権利を制限する法律の制定に動いた。
・「巨額な医療訴訟を起こす不届き者が増えたせいで医療費が高騰し、一般の消費者がわりを食っている」などと巧みに宣伝した結果、市民の支持を集め、州によっては賠償額に上限を設ける法律が施行された。しかし、賠償額が制限されたにもかかわらず、医療費の高騰は以前より激しくなっている(医療費が高騰する真の理由は、製薬会社と保険会社が巨額の利益を得てるからである)
・企業が従業員や顧客と契約を結ぶ際に、従業員や顧客は企業を裁判に訴えることはできず仲裁で解決する、という強制的仲裁条項を契約書に盛り込むことも合法化された。しかもその仲裁をするのは企業側が選んだ人間である。

 実際、アメリカでは雇用契約やクレジットカードの契約に、この強制的仲裁条項が盛り込まれることが増えてきたといいます。この契約をすると、たとえ会社のミスで不利益を被っても、裁判に訴えることができないのです。
 番組では、軍事産業の会社に雇われイラクに派遣された女性が、同僚に集団レイプされたにもかかわらず、強制的仲裁条項が契約書にあったため、会社側の管理責任を裁判に訴えることが出来なかった例をあげています。
 なんか、納得いきませんよね。強制的に仲裁で解決し、裁判は起こせないという契約が有効になるなら、もはやアメリカの法制度は機能停止したも同然じゃないですか。

 なんか番組見てたら、愕然を通り越して、吐き気がしてきました。
 日本も決して他人事じゃないですよ。ここ数年、テレビや雑誌では理不尽なクレーマーやモンスターの事例を紹介する番組や記事が頻繁に見られます。たしかに許せないヒドい例もあります。でも、なんかちかごろ世間に「苦情をいうのは個人のわがままである」「クレーマーはすべて悪」という空気がだんだん強くなってる感があるのも否めません。
 それでなくとも日本の社会はもともと、異論に対してとても不寛容でした。和を乱すな、空気を読め、などといって、正当な主張まで門前払いして泣き寝入りを強いるのが、日本人の得意技だったのです。それに加えて、クレームはすべて悪、文句をいうのはモンスター、とする風潮が加わったら、批判も権利の主張もできない硬直した社会になってしまいかねません。
 クレームやモンスターをすべてひとくくりに善か悪かと決めるのは危険です。問題は、面倒でも個別に判断して対処するしかないんですね。

[ 2012/03/08 17:41 ] おすすめ | TB(-) | CM(-)
プロフィール

Author:パオロ・マッツァリーノ
イタリア生まれの日本文化史研究家、戯作者。公式プロフィールにはイタリアン大学日本文化研究科卒とあるが、大学自体の存在が未確認。父は九州男児で国際スパイ(もしくは某ハンバーガーチェーンの店舗清掃員)、母はナポリの花売り娘、弟はフィレンツェ在住の家具職人のはずだが、本人はイタリア語で話しかけられるとなぜか聞こえないふりをするらしい。ジャズと立ち食いそばが好き。

パオロの著作
みんなの道徳解体新書

日本人のための怒りかた講座

エラい人にはウソがある

昔はよかった病

日本文化史

偽善のすすめ

13歳からの反社会学(文庫)

ザ・世のなか力

怒る!日本文化論

日本列島プチ改造論(文庫)

パオロ・マッツァリーノの日本史漫談

コドモダマシ(文庫)

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続・反社会学講座(文庫)

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