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続・就職率アップは誰のおかげ?

 こんにちは、パオロ・マッツァリーノです。前回、大卒者の就職率がアップしたのは誰のおかげなのかという話をしました。
 その後、あらためて就職率のグラフを見直したのですが、やっぱりこれ、異常といってもいいくらいの動きです。もういちど、グラフをごらんになってください。
 リーマンショックというイレギュラーな事故に見舞われた平成21年からの数年間は除外して考えましょう。それ以外のところ。平成12年以降、すべての年で就職率は上昇してるんですよ。
 こんなことって、ありえます? もし、就職率が景気動向や政府の経済政策に左右されるなら、就職率が落ちてる年があってもおかしくありません。なのにつねに上昇してるってことは、やっぱりアベノミクスのおかげではないってことになります。
 だったら無事就職できた若者は、アベノミクスでなく何に感謝すべきなのか。これほど長期にわたって、日本の若者の就職率に強力な影響を与え続けられる因子といったら、考えられるのはあれしかないでしょ。そう、少子化の進行です。
 日本の若者の就職率が上がっているのは単純に、少子化のおかげなんじゃないですか。雨続きで図書館行くのもおっくうなんで、論文の検索はしてないけど、これ、だれも検証してないのかな? もうだれかやってそうですけどね。もしまだなら、経済学者のかた、どなたかデータできちんと検証してみませんか。手柄は差し上げますから(笑)
[ 2017/10/21 13:52 ] 未分類 | TB(-) | CM(-)

就職率アップは誰のおかげ?

 こんにちは、パオロ・マッツァリーノです。若い人たちのあいだで自民党支持率が高いのはアベノミクスによって就職率が上がったからだと、テレビで評論家っぽいおっさんがいってました。
 へえ、そうなの? 私を大学教授と信じている一部のかたのご期待に沿えず申しわけないのですが、私は大学に勤務してないので、大学生の就職実態について知るよしもありません。個人的には、印税も原稿料もまったく上がらないので、アベノミクスによる景気上昇の恩恵をまったく受けてません。

 というわけで、平成28年度文部科学白書を確認すると、221ページに大卒者(短大なども含む)の就職率推移グラフが載ってました。
H28文部科学白書P221
 グラフによると平成24年から就職率が回復傾向にあるようです――ん、ちょっと待てよ。これは前年度卒業生の最終結果を4月1日にまとめた数字ですよね。平成24年4月時点の日本で政権の座にあったのは、民主党です。自民党が政権を奪還したのはその年の暮れの選挙ですから、アベノミクスをはじめる前、いやそれどころか民主党政権のときに、すでに大卒就職率は急上昇していたことになります。つまりデータからは、就職率がアップしたのは民主党のおかげなのか、アベノミクスのおかげなのかは判断できないというのが結論です(テレビに出てた評論家っぽいおっさんはなにを根拠にしてたんだろう?)
 過去の数字を見ましても、平成12年、グラフ上では最悪の就職氷河期だったときの総理は小渕さんで、経済政策には賛否両論あったものの、日経平均株価はいまと同じ2万円台でした。
 じゃあ、なんなんだよ、って話ですよね。就職率の良し悪しは、政治とはあまり関係ないんじゃないですか。就職率の数字が景気の指標としてふさわしいのかどうかも、かなり疑問に思えてきます。
[ 2017/10/19 11:05 ] 未分類 | TB(-) | CM(-)

BIのすすめ

 ナポリ3区の有権者のみなさま、こんにちは。新党アルデンテ代表パオロ・マッツァリーノでございます。
 選挙前恒例、勝手にマニフェスト発表、のつもりで、今回はいつもの思いつきアイデアでなく、以前から調べていたベーシックインカム(長いので以下BIと略します)を提案しようと思ってたら、なんと希望の党が公約のひとつに掲げてるではありませんか。
 ただ、党のサイトを見たかぎりでは、具体的なことは一切書かれてないんですよね。ホントにわかってるのかな? なんかこの党、公約のすべてが適当なんです。その証拠に、希望の党は福祉の財源をあきらかにしてません。かたや自民党はどうかというと、財源としての消費税率アップは明言してるものの、あいもかわらず場当たり的な福祉政策ばかり。旧来の福祉が限界を迎えている国難は無視ですか。
 となると、合理的な選択肢はこうなります。消費税を10パーセントに上げて、その代わり月額5万円のBIを導入する。これが新党アルデンテのマニフェスト。

 そもそもBIとはなんなのか。生まれてから死ぬまで、全国民に無条件で毎月一定額のお金を支給する、合理的かつ画期的な福祉制度のことです。
 なんでそんなのをやる必要があるんだ、といってるのは危機意識ゼロの人。いまの福祉がすでに破綻の崖っぷちにあることをわかってません。いまのままで福祉が続けられると思ってる? 続けるための妙案をお持ちですか。ないでしょ。ないんですよ。専門家ですら、お手あげなんですから。そんななか、現行の福祉制度のダメな点を解消できる可能性がある最後の切り札として、BIに注目が集まっているわけです。
 年金、医療、教育と、必要になるたびその都度、場当たり的に増やしてきたもんだから、いまの福祉は複雑にふくらみすぎました。それを、可能なかぎりまとめて単純化しよう、ってのがBIです。
 そのためには、困ってるか困ってないかに関係なく、最初からみんなに同じ金額をあげちゃえばいいんですよ。単純明快でしょ。公平でしょ。
 現実問題として、誰だってなにかに困ってるんですよ。なにも困ってないといえるのは、よほど運とカネに恵まれた人のみです。みんななにかしらに困ってるけど、自分より困ってる人がいるから、とガマンしてるだけ。
 極論では、すべての福祉をBIに一本化するのが理想ですが、それを一気にやるのはムリがあるので、いまの福祉制度も残します。でもBIをやれば、いまの福祉をかなり軽減できるはずです。
 現状では福祉の受給資格の審査や不正の調査に、かなりの人員と費用を投入しています。BIなら無条件で支給されるのでムダな調査が省けます。BIなめんな、なんておそろいのジャンパー着て、受給者を脅す必要もありません。
 いまの福祉って、困っている人が、自分がいかに困っているかをアピールするオーディションを受け、合格しないとお金をもらえない制度です。自分の権利を主張することを恥だと教えられて育つ日本人にとって、これは屈辱です。福祉を申請せずに餓死することを選ぶ人すらいます。
 無条件でもらえるBIは、権利を主張できない奥ゆかしい(?)日本人にこそぴったりの制度なのです。

 問題は、金額をいくらにするか。海外での実験例では、ひとりあたま日本円にして月30万円支給とか、設定がデカすぎます。それでやっぱりうまくいかなかったぞ、っていうけど、最初からわざと失敗させることを狙ってるとしか思えません。
 最近邦訳が出て話題になったブレグマンさんの『隷属なき道』では、BI実験の成功例をいくつも紹介しています。反対派の人たちが失敗例としてあげていた実験も、じつはかなり成功してたのに政治家への報告書の段階で改竄されていたというスキャンダルも暴露されてます。

 経済学者や税制の専門家が、日本の財政状況をもとに試算したところでは、日本では月7万円くらいなら、いまの税制などを大幅に変えることなく実行可能だとのこと。なので私は月5万円、さらに大事を取って財源としての消費税アップという現実的な線を提案したんです。
 月5万円って、なかなか絶妙な設定だと思います。5万あれば、東京でも安アパートになら住めます。少なくともホームレスになる心配はなくなります。なにしろ政府が保証人になってくれるようなもんですから。
 生まれてこのかたカネの苦労や心配をしたことのない人はわからないかもしれないけど、貧乏人にとって月5万の定期収入が生涯保証されるって、スゴいことなんですよ。
 BIなんてやったら、働かないヤツが出てくるという批判があります。月5万でもムリすれば働かずに生きられるかもしれませんが、BIは生活保護とちがい、収入があっても減らされません。少しでも働けば5万プラス給料でもっといい生活ができます。労働意欲は削がれませんよね。

 BIに反対してる人の理由は察しがつきます。全員にお金をあげるBIのしくみが「働かざる者食うべからず」という道徳理念に反するから。でしょ?
 それはあまりにも世間知らずな考えです。真実を教えてあげましょう。「働かざる者食うべからず」という理念こそが最大の偽善なのです。あ、私は偽善を否定しないのですが、あえてポピュリズム的な感覚に寄せて、わかりやすく偽善といわせてもらいます。
 現実の世のなかには、がんばって働いたって食えない人がたくさんいます。たとえば、介護や保育の職員はどんなに働いても安月給で家族も養えないから離職者が絶えないと、以前から問題になってます。ご存じないですか?
 「働かざる者食うべからず」という命題が成立するためには、「働けば必ず食える」という保証が必要不可欠です。その保証もないのに「働かざる者食うべからず」とダマして働かせるのは偽善どころか、もはやサギです。
 「努力は必ず報われる」もウソですから。インチキ宗教が、拝めば難病が治る、治らないのはおまえの信心が足りないからだ、っていうのと同じロジックで、おまえが報われてないのは努力が足らないからだ、とすべてを個人の努力不足のせいにできるのです。
 現実の世のなかでは、努力は報われないことのほうが圧倒的に多いのにね。努力しても報われないから、福祉というものが必要なんです。努力が必ず報われるなら、福祉は必要ありません。それどころか、個人の自助努力ですべてが解決可能なら、国も政府も神も要りません。かなり危険なアナーキズムですよ。共謀罪で取り締まりますか?

 とまあ、私がこれ以上説明しても、怒る人が増えるだけなので、参考書をおすすめしておきます。
 原田泰『ベーシック・インカム 国家は貧困問題を解決できるか』中公新書
 経済学者がまじめに制度の是非について検証しています。まじめだけど、決して難解すぎない、ってのが評価のポイント。原田さんは私と違って、アタマの悪いヤツらを皮肉でからかうような下品なマネはしてませんので、BIに懐疑的なかたも安心してお読みになれます。
 とにかく用意周到に、反論されるであろうポイントを先回りして押さえてます。経済理論的な面からBIを知りたいなら、この一冊でじゅうぶんだと思います。BIが決して絵空事ではなく、頭を柔らかくして意識を変えれば実現可能であるとわかるはず。ぜひ読んでみてください。
[ 2017/10/15 20:37 ] 未分類 | TB(-) | CM(-)

Zenpadのストレージが一杯になってしまうナゾの現象について

 こんにちは、パオロ・マッツァリーノです。今回は珍しく技術的なネタなので、関係ない人にはまったく無意味な話です。でも、私と同じ現象に悩まされてる人にとっては有益な情報だと思うので、書いておきます。

 ASUSのZenpad8.0というタブレットを使っているのですが、アプリやゲームを走らせてる最中に、ストレージの容量が足りませんみたいな警告が出るようになりました。
 メモリが不足するならわかるけど、なんでアプリをインストールしたわけでもないのに、ストレージのほうが一杯になるのだ?
 とりあえず、対処法はわかりました。
 内部ストレージ→mtklog→audio_dump
このフォルダーに、ゲームや音楽関係のアプリを走らせてるときの音が録音されてログファイルとして残ってるんです。しかもpcmのデカい形式なので何ギガにもなってストレージを圧迫します。
 ということで、このフォルダーの中身をすべて削除したら、ストレージ不足は解消しました。

 ところが、このゴミログファイルはアプリを走らせるたびに勝手に作られ、削除しても削除しても溜まっていくんです。なんちゅう迷惑な。
 これを止める方法はないかとネットを検索すると、世界中で同様の現象に見舞われた人がけっこういることがわかりました。彼らの話をまとめると、メディアテックのCPUを使ったタブレットやスマホの一部で、Android7.0にアップデートすると発生するのではないかとのこと。
 スマホの場合、裏コードみたいのを入力してエンジニアモードにすればaudiologを止められるという解決法が紹介されてますが、電話機能のないタブレットではこの方法は使えません。検索を続けると、ようやく海外のZenpadユーザーで解決法を見出した人がいたので、私もやってみました。


!!注意!!

 以下に紹介する方法は、メーカーが推奨していない隠し機能を使います。なので、この手の知識のお約束ですが、試してみる際は、自己責任でお願いします。

 私の場合はこれでいまのところうまくいってますが、どの機種でも効果があるとはかぎらないし、私が使ってないアプリでなんらかの不具合が出る可能性はあります。もし不具合が出た場合は、ご自分で解決してください。私は質問にはお答えできません。

 設定→端末情報→ソフトウェア情報とタップしていくと、ビルド番号という項目があります。これを何度もタップすると、カウントダウンののち、開発者になったよ、みたいなヘンテコなメッセージが出ます。
 そうしたらいったん設定に戻ります。「開発者向けオプション」という項目が増えているので、それをタップ。そのなかの「ログバッファのサイズ」をoffにすると、迷惑なゴミファイルが作られなくなる……はずです。ただし、私の場合は再起動しないと効果が確認できなかったので、設定を変更したら一度再起動したほうがいいかもしれません。

 何日か使ってますけど、いまのところ私の環境では問題ありません。世界中で確認されてる問題なので、できればメーカーがシステムの更新で対処してほしいものです。
[ 2017/09/24 17:55 ] 未分類 | TB(-) | CM(-)

ジャズファン目線からの日野事件

 こんにちは、パオロ・マッツァリーノです。しつこいようですが、日野さんの暴行事件について、ここ数日ずっと考えてました。情緒ウィルスに冒された人々が歪んだ論理をばらまくことを、私は許せないので。事件そのものも不愉快ですが、世間の反応がもっと気持ち悪い。なんとかこの得体のしれない気持ち悪さの正体を暴きたい。私は思考をあきらめません。
 今回は、ジャズファンとしての目線から、事件の本質と世間の反応の気持ち悪さについて考えました。

 本題の前に、松本人志さんがテレビで、体罰はむかしは当たり前だったのに、いまはなぜありえないのかわからないといったことにお答えします。松本さんは誤解してますが、むかしもいまも体罰は違法です。むかしは順法意識が薄い人が多かったので、平気でルールを破っていたというだけのこと。
 明治以降、日本の法律で体罰が認められたことは一度もありません。法治国家では原則的にすべての暴力は違法とされますから当然です。
 明治時代の学校でも体罰はありましたが、当時の朝日・読売新聞の報道でも、ヒドいことだと批判的な論調です。親も学校に抗議してました。むかしの親は学校に文句などいわなかった、ってのも捏造史観。
 昭和30年代にも教師の体罰はたくさんありましたが、当時は生徒も先生を殴ってました。ある意味、双方向の暴力によるコミュニケーションが成立してたんです。
 昭和40年代になると生徒からの暴力は激減するのですが、教師の体罰は予防措置の名目で一方的に続いてました。松本さんはこの時期に育っているので、それを当たり前と思ってるわけです。
 このあと昭和50年代には生徒からの逆襲がはじまり、学校が再び荒れますが、このあたりからはご存じのかたも多いので省略します。

 さて、『サンデージャポン』では爆笑問題太田さんが、日野さんをたいした音楽家じゃないと発言。私はこちらのほうが問題の本質に深く関わっていると考えます。
 ネットの動画で確認したのでカットされてる可能性はありますが、太田さんの発言に対する出演者の反応を見れば、だれひとりとして、日野さんの音楽をちゃんと聴いたことがないのだな、とわかります。日野さんの音楽性については、だれも反論してないからです。
 とくにヒドイのが女医の西川さん。ジャズについてなにも知らないことがバレバレなのに、文化がどうのとご高説を垂れている姿はエセ文化人丸出し。つまり西川さんは、日野さんはなんだかよくわかんないけどエラい人だからという理由だけで尊敬し、擁護してるんです。
 世間の人にも非常に多い、権威盲従主義者の蔓延が、気持ち悪さを感じる大きな原因のひとつです。日野さんを優れた音楽家、有名な音楽家だと持ち上げて、彼の暴力を擁護してる世間の人たちのほとんどは、おそらく日野さんの音楽を聴いたことすらないという、この気持ち悪さよ。

 同じミュージシャンでも川谷さんのゲス不倫問題のときは、みんな寄ってたかって川谷さんを責めまくってました。「でも川谷さんは才能あるし、やってる音楽はいいよね」とだれかがつぶやこうものなら、「そんなのは関係ない! いくら音楽的才能があったって不倫は許されない! 人間性に問題のあるヤツの音楽なんて聴きたくない! 活動停止しろ!」と噛みついてたじゃないですか。
 そんな人たちが今回は、音楽的才能のある日野さんは人格者・教育者としても優秀である、だから彼の暴力は許される、活動を続けてほしい、といってるんだから、むちゃくちゃですね。

 では、日野皓正の音楽的価値とはなんなのか。八幡謙介さんという元ジャズミュージシャンのかたがネットに書いてます。http://k-yahata.hatenablog.com/

日野皓正の音楽に全く触れなくてもジャズを正しく理解し、楽しみ、学ぶことはできる。だから彼の音楽に触れる”必要”はない。

ジャズ全体の歴史の中では完全にスルーしても何の問題もない人です。

事実僕はジャズを学んできて「日野皓正を聴け」と言われたことは一度もないし、ジャズ関係者から日野皓正という単語が発せられたことを見たことがありません。

日野皓正が好きというジャズミュージシャンにもジャズファンにも出会ったことはありません。


 ジャズを30年聴いてきたジャズファンの私は、八幡さんのこの意見にまったく同感です。私も日野さんのジャズをいいと感じたことは一度もありません。だから自分の感性が特殊なのかなと思ってましたが、なんだ、同意見の人はけっこういるんですね。
 べつの記事で八幡さんはドラム少年の逸脱についても考察してますが、そちらも同感。反論してる人のほうがジャズの楽しみかたを知らないんだな、かわいそうだな、と思ってしまいます。

 今回の事件で皮肉なおもしろさを感じたのは、事件の関係者でもっともジャズの精神をわかっているのは、あのドラム少年だという点です。日野さんはもちろんわかってるはずだけど、やや怪しい。劣化してるかも。ドラム少年の両親はジャズファンではないですね。
 ジャズファンとしての目線で読み解くと、こうなります。ドラム少年はジャズファンの目と耳を持っているから、日野さんがたいした音楽家ではない、ジャズミュージシャンとしてはとっくに限界を迎えた過去の人だという事実を非情にも見抜いてしまった。だから演奏本番の舞台でああいう逸脱を決行した。で、日野さんは自分が見抜かれてナメられたことに気づいたので、アタマに血が上り、殴ってしまった。
 日野さんがあとからなんだかんだといいわけしてるけど、どの言葉もウソ臭く聞こえます。なぜウソ臭いかというと、自分のジャズミュージシャンとしての誇りを傷つけられたからガマンできずに殴ったのだ、という核心に触れる点を正直にいわないから。個人的な要因を、教育やしつけや礼儀作法といった一般論にすり替えてしまってる。

 みなさん思い違いをされてませんか。芸術家という職業はカタギではないんです。そもそも芸術家は才能のみを評価されるべきで、人柄の良さや人格の高潔さを求めることが、まちがってるんです。どちらかというと、社会にまともに適応できない人に用意された生きる道が芸術や芸能です。
 もしも今回の事件に関して、世間の論調が「日野皓正はアタマのおかしい芸術家だね。だから暴力的な指導をしてたとしてもしかたないよ」と、いうものだったら、暴力=異常、暴力=逸脱、芸術=逸脱という公式が成立してるので、私は納得していたでしょう。「あの少年もおかしいけど、日野もおかしいよな」と公平に両者の逸脱行為を責める意見にも、論理のゆがみやねじれはあまりありません。
 ところが世間のみなさんは、少年を悪者にして、日野さんを正義のヒーローにまつりあげ、法治国家への挑戦である暴力という行為を美化しました。
 一流の芸術家は一流の権威であり、一流の人格者でもあるはずだ、となんの根拠もなく決めつけたうえで、人格者は暴力的な指導をしてもかまわない、権威ある者は格下の者を殴って指導してもかまわないとする主張は、もはや理屈にすらなってません。論理のゆがみとねじれと破綻が気持ち悪いったらありゃしない。
 逆でしょ。人格者だったら、たとえどんな理由があろうと、衆人環視の場で人を叩いたりしませんし、できませんよ。日野さんが人格者でないことは、現行犯で証明されたようなものです。
 それにしてもなんで関係者のみなさんが、日野さんに指導してもらうことに拘泥してるのか、よくわかりません。ギャラが安いの? 日野さん以外にも才能のある人はたくさんいるんだから、日野さんをクビにして、べつの指導者を迎えたほうが、あのバンドはジャズバンドとしてもっと伸びると思いますよ。
 日野さんも、現役感のない指導者なんかでいいひとぶるのはやめちまって、もういちど表舞台でジャズを引っかき回してやるぜ、オレをなめてる若いヤツらをアッといわせてやる、くらいの気概を持ってほしい。それでこそ、ジャズじゃないですか。
[ 2017/09/06 13:57 ] 未分類 | TB(-) | CM(-)
プロフィール

Author:パオロ・マッツァリーノ
イタリア生まれの日本文化史研究家、戯作者。公式プロフィールにはイタリアン大学日本文化研究科卒とあるが、大学自体の存在が未確認。父は九州男児で国際スパイ(もしくは某ハンバーガーチェーンの店舗清掃員)、母はナポリの花売り娘、弟はフィレンツェ在住の家具職人のはずだが、本人はイタリア語で話しかけられるとなぜか聞こえないふりをするらしい。ジャズと立ち食いそばが好き。

パオロの著作
会社苦いかしょっぱいか

みんなの道徳解体新書

日本人のための怒りかた講座

エラい人にはウソがある

昔はよかった病

日本文化史

偽善のすすめ

13歳からの反社会学(文庫)

ザ・世のなか力

怒る!日本文化論

日本列島プチ改造論(文庫)

パオロ・マッツァリーノの日本史漫談

コドモダマシ(文庫)

13歳からの反社会学

続・反社会学講座(文庫)

日本列島プチ改造論

コドモダマシ

反社会学講座(文庫)

つっこみ力

反社会学の不埒な研究報告