反社会学講座ブログ

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最近のテレビドラマとアニメ映画

 こんにちは、パオロ・マッツァリーノです。今期のテレビ連ドラは全滅。もちろん私の見込みがはずれただけで、スルーした作品のなかに傑作があるかもしれません。『ワカコ酒3』は安定の出来だけど、あれはドラマ仕立てのグルメ番組だし。
 そんななか1本だけあらわれた、まさかの大穴が、『サヨナラ、えなりくん』。きりたんぽだったヤツね。えなりくん、いつまでたっても出てこないなあ? とクビをひねっていたところへ、突然の企画変更で脚本家がヤケクソになったとしか思えない衝撃の展開。主人公とバーのマスターの会話シーンが多いんですが、やりとりに演劇的センスが感じられて、退屈しないんです。ひょっとしたら大化けするのか? とりあえず2話目もチェック。

 ここんとこ毎日、名探偵コナンの劇場版を観てます。WOWOWで劇場版全作放送をしてるんです。そもそもアニメをめったに観ないので、テレビシリーズはほとんど観たことがなく、劇場版は地上波で3本ほど。なので今回、ほとんどが初見です。
 いまのところおもしろかったのは、ラストが粋な『世紀末の魔術師』。それと、孤立無援のタワー屋上で、普段使ってる武器もすべて壊れる絶体絶命のピンチに追い込まれる『漆黒の追跡者』。
 どちらかというと、初期の作品のほうが出来がいいかな? それにしても、打率の高さに感心します。私は映画にしろ本にしろ、ミステリって序盤で提示される謎に魅力がないと続きを観る(読む)気になれずやめてしまうんですが、劇場版コナンのシリーズは、だいたいどれも合格点。
 ちょっとキビシめなこというと、シリーズを通じて、肝心の謎に関しては必然性の薄い連続殺人をムリヤリ仕立ててる感も否めません。でも、そんな些細な傷なんか、アニメならではの物理法則を無視したスケールのデカいアクションと、スリル満点の展開で吹き飛ばしちゃいますから。もう、犯人が誰かなんてどうでもいいやね。
[ 2017/05/07 21:07 ] 未分類 | TB(-) | CM(-)

犯罪者は見た目が100パーセントじゃない

 こんにちは、パオロ・マッツァリーノです。
 千葉県での少女誘拐殺人の容疑者が、見守り活動や防犯パトロールを熱心にやってた保護者会長だったことで、日本中の善男善女がパニックに陥ってます。凶悪事件が起きるたびに、見守り活動を強化しなければならないと威勢よく唱えてきたのに、その活動の張本人が犯罪者だったわけですから、目も当てられません。
 私はかねがね忠告してきました。シロウトがやる見守りやパトロールには、気休め、おまじない程度の効果しかないですよ、だからやるのは個人の自由だけど、犯罪を抑止できるなどと効果を期待すると裏切られるし、逆効果になることもありえますよ、と。しかし、アタマの悪い善人たちは、なかなか耳を貸してくれません。

 効果がない理由、その1。犯罪統計と防犯活動になんの関連も見出せないから。こどもが被害者になる凶悪犯罪が起きた町では、防犯活動をやってなかったのですか? そんなことはありません。これまでの例を見ると、どこも他の町と同様にやってました。犯罪が起きた町と起きなかった町とで、防犯意識に差はないんです。どちらも普通の市民が普通に暮らしている町です。ただしみなさん、ひとつだけ忘れてます。犯罪者もまた、普通の市民のひとりだということを。犯罪者は異界から到来する魔物ではありません。みなさんと同じ人間なんです。
 それが理由その2。犯罪者は見た目ではわかりません。犯罪者はマスクとサングラスを付けて電柱のかげに隠れたりしません。普通の市民として普通に暮らし、防犯カメラが設置された道路を堂々と歩いて犯行に及びます。ですから、見守りやパトロールで犯罪者を発見できる確率はほぼゼロと考えていい。

 お年寄りはいいひとたちだから感謝しましょうと道徳の教科書は教えますが、70代の老人がわいせつ目的でこどもを誘拐した例もあります。
 動物をかわいがる人に悪い人はいない? かわいい子犬を散歩させていた男が、犬に興味を持って近寄ってきたこどもを誘拐した例もありますよ。
 今回の事件ではたまたま外国人が被害者でしたけど、なにか事件があったとき、まっ先に疑われるのは近所の外国人だったりします。とりわけ白人以外の、アフリカ系・アジア系・中東系の人たちは見た目だけで犯罪者扱いされがちです。
 地域を守る善意のボランティア活動をしている人はいいひとにちがいない、という思いこみすらも裏切られました。
 日本人は不思議です。これみよがしに寄付や慈善をやってる人を偽善者だと叩くのに、これみよがしに防犯ボランティアをやってる人は無条件に信じてしまうのだから。
 こどもの相対的貧困率が6人に1人だから対策が必要だ、なんて話が出ると、「貧困なこどもなんてうちの近所にはいないぞ。日本は豊かなのに甘やかすな、偽善者め」という批判の声が聞こえてきます。それをいうなら『「昔はよかった」病』に書いたように、こどもが連れ去られる確率は1500万分の30でしかないのですよ。防犯対策が必要だと叫ぶ人たちに、「連れ去られた子なんてうちの近所にはいないぞ。日本は安全なのに甘やかすな、偽善者め」となぜいわないのですか?
 前カゴにパトロール中という札を付けた自転車を、下半身丸出しで乗り回していた男が捕まった事件もありました。まあ、これくらい見た目でわかりやすい変態のほうが、かえって安全安心なのかもしれません。
 以前、放火の事例について調べていたときに、放火魔を捕まえたら消防団員だったという例がむちゃくちゃ多くてビックリしました。いや、ビックリしたのは、私も先入観で目が曇っていたからですね。放火魔の証言を読んでいるうちに、彼らにとっては消防団に入るのがもっとも合理的な行動なのだと納得できました。火事を間近で見られるチャンスが多いし、消防団の活動範囲や時間を知ることで、自分が放火しやすくなります。自分で火をつけて自分で消して、みんなから感謝されるのがやみつきになったと供述した放火魔もいました。
 同様に考えると、こどもに興味を抱く人間にとっては、こどもの見守り活動に参加することが、こどもに近づくためのもっとも合理的な選択になってしまうのです。参加すれば、見守りやパトロールの経路と時間を把握できるし、防犯カメラの位置もわかるから、裏をかこうと思えば簡単です。結果的に善意の防犯活動が裏目に出、犯罪者の悪意を増大させ、犯行の手助けをしてしまうことも。

「ああ、もう、だれも信用できないじゃない! 身内しか信用するなって、こどもに教えればいいのっ?!」
 寝ぼけたことをいっては困ります。こどもが殺される事件の犯人は多くの場合、じつの親ですよ。こどもを虐待してるのは誰ですか? じつの親でしょ。近年のこどもの誘拐事件では、離婚して親権を失ったほうの親や親族がこどもを連れ去ったというパターンが多いんです。
 こどもにとっては、身内がいちばん危険な存在なんです。わが子を虐待してる親も、なに食わぬ顔で見守り活動に参加しているはずです。

 家庭に次いで危険なのは、学校です。学校でたくさんのこどもが死んでる事実を忘れてはいけません。人間ピラミッドのような危険な組み体操で、こどもが何人も死んでる事実があきらかにされたのは記憶に新しいところですが、何十年も前から、体育や部活の練習中にこどもが死ぬ事件は数え切れないほど起きてます。
 通学路で不審者にこどもが殺されるのはごくまれな例でしかありませんが、その何十倍、何百倍ものこどもたちが、学校内で殺されてるんですよ。
 それは事故であって殺されたわけではない? そうですか? 危険な組み体操の練習には、こどもは強制的に参加させられるんです。ボクはいやだからやらない、なんてひとりだけ拒否したら、どんな仕打ちが待ってるか。
 こどもは不審者からは逃げられますけど、学校からは逃げられません。危険な行為を強制されて死んだのなら、それは殺されたも同然です。

 善良なる一般市民のみなさんは、犯罪統計などで実態を確認することもなく、ご自分のアタマのなかだけに存在する悪人・不審者のバーチャルイメージにもとづいて見守りや防犯活動をなさってます。
 何度同じことをいわなきゃならないのかと嘆きたくもなりますが、防犯活動をやるのなら、まずは、ご自分が住んでる町でどんな犯罪がどれだけ起きているか、過去10年くらいの増減がどうなっているのか、それをきちんと調べてからはじめてください。敵を知らずにどうやって戦うというのですか。
 私はむしろ、オトナたちが偏見に満ちたまなざしで他人を警戒する姿勢がこどもたちにも伝染することで、人間不信や偏見・差別の芽を育んでしまう弊害のほうが大きくなると思います。

 リスクの大きさを考慮した結論。あなたのこどもを守りたいのなら、まずは、あなたがこどもを殺さないまともな親になることです。次に、こどもを危険に晒すような脳みそ空っぽ教師がいる学校には通わせないことです。
 そして一番大事なのは、これも何度もいってますけど、普通に暮らす勇気を持ってください。
 さんざん脅すようなことばかりいいましたが、日本の犯罪発生率は世界的に見ても極めて低いし、いまだに犯罪は減り続けてます。だから、犯罪の危険をアタマの片隅に置きつつも、勇気を持って普通に暮らす。それだけでじゅうぶん。
 いま以上に防犯活動に力を入れるのは、効果を考えるとムダな努力でしかないし、疑心暗鬼がエスカレートすれば、住民全員をパトロールに強制参加させよう、参加しない者にはバツを与えよう、なんて異常な正義がまかり通るようになるんです。アタマの悪い善人は、善意で社会と人間を傷つけるのだから、テロリストよりコワい。どうかみなさん、賢い善人になってください。
[ 2017/04/23 17:51 ] 未分類 | TB(-) | CM(-)

文科省の検定方針に沿った道徳エピソードを考えてみました

 こんにちは、パオロ・マッツァリーノです。
 文科省が道徳教科書に求める検定方針に沿って、あいさつをする、国や郷土を愛する、伝統を大切にする、いじめをなくす、高齢者に感謝する、をすべて含む道徳エピソードを考えたら、こうなりました。

※以下の文章はフィクションですが、とても不謹慎でブラックな笑いが含まれますので、そういうのが嫌いなかたは読まないでください。


 ケイタくんは学校で、同級生にいじめられてます。でも、いじめっこたちはオトナの前では明るいよい子を演じてるので、先生も親もいじめが行われている事実にまったく気づいてません。
 ケイタくんの学校では、毎朝、集団登校の列を作ってみんなで登校します。いじめっこたちは、ケイタくんの10メートルくらい先を歩いていて、こどもたちを見守るオトナに「おはようございます!」と笑顔で元気にあいさつし、愛想を振りまいてます。
 と、そのときです。うしろから走ってきた国産車が急にスピードをあげてケイタくんの横を通り過ぎたかと思うと、次の瞬間、登校児童の列に突っ込み、民家の塀に激突して止まりました。
 国産車を運転していた和菓子店のおじいさんは、前の晩、日本の伝統芸能のひとつである長唄の師匠をしているお妾さんの家に泊まり、朝帰りする途中だったのです。経済的に成功した男性がお妾さんを持つのは、教育勅語と同じくらいむかしから存在する日本の伝統文化です。
 おじいさんは夜遅くまで三味線や唄の練習、その他をしていて寝不足だったので意識がもうろうとして、ブレーキとアクセルを踏み間違え、事故を起こしたのでした。
 ケイタくんをいじめていた子たちは国産車に跳ねとばされ、病院へ搬送されていきました。
 ケイタくんは、高齢者に感謝しました。
[ 2017/04/01 17:21 ] 未分類 | TB(-) | CM(-)

冬ドラマの感想

 こんにちは、パオロ・マッツァリーノです。
 冬ドラマの感想。悔やまれるのは、『カルテット』を見逃してしまったこと。評判聞いてると、絶対おもしろいヤツ。しかも途中から見ちゃダメなヤツ。脚本が坂本裕二さんだったんですよね。やっぱりドラマは脚本家をチェックしておくべきでした。
 『A LIFE』の地味な秀作という評価は最後まで変わらず。薄味なのは、単純にキャストが多すぎたから。橋部さんの脚本による医療ものなら、オリジナルじゃないけど『フラジャイル』が傑作でした。なんであれ、評判にならなかったんだろう?
 ミステリでは、NHKの『スリル!』。蒔田さん、久々です。『ハードナッツ』は、えー、もう4年前ですか。
 私は、本格派のミステリは活字のためのエンターテインメントだと思ってます。活字だからこそ可能な叙述トリックに、あっ、そうだったのかっ! とダマされるのが楽しいんです。探偵がトリックを長々と説明する場面は活字なら10ページ続いても平気だけど、映像で10分やられたらキツいでしょ。映像化するなら、ゆるくてキャラの立ったバカミスにかぎります。
 『スリル!』は地上波とBSで同時に放送されて、キャストは共通なんだけど、地上波の『赤』では警視庁庶務課のヒトミが主役、BSの『黒』は弁護士の白井が主役という実験的な作りでした。でも、父親が詐欺師でも警視庁の職員になれるんですかね? 庶務課ならいいのかな。
 NHKはマジメなようでいて、じつは実験的な番組をけっこうやってるんです。どちらかというと民放のほうが、視聴率を気にしすぎて、無難なものばかり作ってる気がします。
 無難でないドラマの代表が、先日の再放送で見た『奇跡の人』。ぶっとびましたよ。最低男の最高のストーリーに、魂をわしづかみされて振り回されました。一部で絶賛されてたのも納得です。ヘレンケラーの物語をロックにしちまうなんて、どこからそんな発想が出てくるんですか。よくぞこの企画を通したなNHK。しかも主役は銀杏ボーイズの峯田さん。民放だったら企画自体が通ったとしても、主役はべつの人、きっとジャニーズとかにさせられてますよ。
 最初からずっと見てきたファンとしていわせてもらうと、『相棒』はそろそろ真剣に幕引きを考えるべきです。私は来シーズンは見ないかもしれません。
 武田鉄矢さんで『水戸黄門』が復活すると話題になってますけど、まったく期待してません。たぶん、モノマネ芸人の視聴率は100パーセントでしょう。それより、4月からBSジャパンで『木枯し紋次郎』の再放送がはじまるようなので、まだ見たことがないかたは、ぜひこの機会に。人情なし。感動なし。ハッピーエンドなし。苦い後味の話ばかりの異色の時代劇に衝撃を受けると思います。原作の笹沢佐保は、紋次郎シリーズ以外にも股旅ものの短編をたくさん書いてますが、主人公がたいてい最後に死にますからね。
[ 2017/03/29 21:11 ] 未分類 | TB(-) | CM(-)

不道徳なヤツほど道徳を説きたがる

 こんにちは、パオロ・マッツァリーノです。
 森友学園の理事長の会見、見ましたか? あっ、見てないなら、ムリに見る必要はありません。理性も知性もない狂信者の演説は聞くに堪えません。聞いてると吐き気がしてきます。
 根拠も論理も具体性もないたわごとをわめき続け、自分を正当化したつもりになってるだけ。100%の自己弁護。100%の自己憐憫。100%の責任転嫁。悪質なクレーマーと同じ思考回路です。
 二言目には日本、日本というけれど、あんたは日本代表じゃない。教育勅語や明治天皇を持ち出すけど、あんたは天皇の代理人でもない。
 経歴詐称や書類改竄など、平気でウソをつきまくる。差別をする。自分より立場が弱い者を恫喝し、おエラいさんにはとことん卑屈にふるまえる。こんな、道徳のカケラも持ち合わせてない人間に、道徳を教える資格なんてありませんよ。
 まさに、私が『みんなの道徳解体新書』で指摘したとおりです。英語や数学や体育は、それを得意な人が先生になってこどもに教えます。でも道徳にかぎっては、道徳のことをなにも知らない不道徳なヤツが教えてもいいんです。ズルやインチキをしてるヤツほど、善人の皮を被って、こどもに道徳を説きたがるものなんです。
 会見では、産経新聞までもが自分を批判したと怒ってました。じつは私も、3月7日に各紙がどう報道してるのか確かめたとき、産経もあの土地取引に関しては批判してるのを知って、意外に感じたんです。てっきり、エセ右翼フレンズをかばってると思ってたもので。そこはちょっと安心しました。右や左や保守やリベラルに関係なく、まともな常識のある人はみんな、あれはおかしい、フェアじゃない、と思ってたわけです。
 となると、あの土地取引を問題ないとし、国会への証人喚問も拒否し、理事長を擁護し続けた自民党の非常識ぶりが際立ってきます。前にもいったけど、法に反しなければなにをやってもいいという考えは、道徳ではありません。それが通るなら、道徳教育は不要です。幼稚園児に法律を教えればいい。「ぼくたちは、法の抜け穴を探しまーす!」と唱和させたらいい。
 たとえ法に反してなくても、えこひいきや不公平だとわかったら、それをやらないのが道徳です。そんなあたりまえのこともわかってない自民党にも、道徳を語る資格はありません。

 ついでにもう一点。土地取得に関しては批判しても、森友学園の教育については「教育理念はいろいろあっていいし、私学だから問題ない」などと擁護する人がいますけど、それはまちがいです。だったら逆に、私学なら反日教育をしてもいいのですか?
 たとえ私学であろうと、極端な愛国教育と極端な反日教育、どちらも許されません。なぜなら、こどもは教育を選べないから。こどもは親が選んだ教育を強制的に受けさせられます。もし、その教育が極端に偏向していたとしても、こどもにはそれを批判する能力もないし、自分からやめることもできません。だからこそ、教育はできるだけニュートラルでなければならないんです。教育理念はいろいろあるといっても、それは常識の範囲内での「いろいろ」です。森友学園のやってることはあきらかに常識外れです。
 オトナになってから自分で思想信条を選び直せる余地を残しておくのが、正しい教育です。幼いころから極端な思想教育を受けた子が、オトナになってもその影響力から抜け出せなかったら、それは教育ではなく洗脳です。
[ 2017/03/13 23:09 ] 未分類 | TB(-) | CM(-)
プロフィール

Author:パオロ・マッツァリーノ
イタリア生まれの日本文化史研究家、戯作者。公式プロフィールにはイタリアン大学日本文化研究科卒とあるが、大学自体の存在が未確認。父は九州男児で国際スパイ(もしくは某ハンバーガーチェーンの店舗清掃員)、母はナポリの花売り娘、弟はフィレンツェ在住の家具職人のはずだが、本人はイタリア語で話しかけられるとなぜか聞こえないふりをするらしい。ジャズと立ち食いそばが好き。

パオロの著作
会社苦いかしょっぱいか

みんなの道徳解体新書

日本人のための怒りかた講座

エラい人にはウソがある

昔はよかった病

日本文化史

偽善のすすめ

13歳からの反社会学(文庫)

ザ・世のなか力

怒る!日本文化論

日本列島プチ改造論(文庫)

パオロ・マッツァリーノの日本史漫談

コドモダマシ(文庫)

13歳からの反社会学

続・反社会学講座(文庫)

日本列島プチ改造論

コドモダマシ

反社会学講座(文庫)

つっこみ力

反社会学の不埒な研究報告