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この冬のドラマは秀作揃いでした

 こんにちは、パオロ・マッツァリーノです。昨年秋はハズレばかりでがっかりしましたが、この冬のテレビドラマは秀作揃いでした。
 私が最後まで観たのは4本ですが、順位をつけがたいので、『俺の家の話』『天国と地獄』『知ってるワイフ』を同率1位とし、『青のSP』を4位とします。

 4位にしましたが、『青のSP』は水準以上の出来でした。まだ日本では導入されてないスクールポリスがいたらという設定で、ポリス役の藤原竜也さんが真顔で躊躇なく中学生に手錠かけちゃうのが笑えます。でも、公立中学校で起きるさまざまな事件を解決しつつ、本筋の謎に迫っていくストーリーはなかなかどうして、王道の刑事ミステリとして仕上がってたし、ヤングケアラーだの、教師の過重労働だのといった最近の教育問題にも、ちゃんと目を配ってました。

 『知ってるワイフ』はみんな夏服だったので、だいぶ前に撮影されたんでしょうね。原作の韓国ドラマがWOWOWの配信にあったので観てみましたが、描写が丁寧なぶん、テンポが悪いんです。日本版のほうが話数が少ないので展開が早くて飽きが来ない。
 あと、韓国版は奥さん役の女優さんの印象がちょっとキツすぎるかな。日本版の広瀬アリスさんは、悪妻だったときのド迫力と、独身の時間軸でのいきいきとした感じにメリハリがあって好感が持てます。
 夫婦だったときよりも他人同士になったほうが、互いを思いやることができるってのが皮肉だけど、なんか、かわいらしい話でした。
 ただねえ、過去改変ものは私にとっては鬼門です。というのは、必ずどこかに矛盾が出てしまい、シラケてしまうから。3人がバラバラにタイムスリップして、同じ世界に戻れるって、あまりにも都合よすぎないですか?

 人格入れ替わりというありえない設定から、最初はコメディかと思った『天国と地獄』は、回を追うごとに本格サイコミステリ色を強めていきます。前半の、絶望的な状況から味方が現れて反撃を開始していくあたりの展開は、脚本家の森下さんの手練れさにうなりましたし、綾瀬さんと高橋さんの芸達者ぶりあってこその作品でもありました。
 事件の真相にあまり意外性がないことに不満なひともいるでしょう。でも私は、どんでん返しを欲ばらず、きちんと謎解きをしておさめたところを評価したい。この手のミステリでムリヤリ意外な犯人を仕立てると、だいたい話が破綻するんです。

 意外だったといえば、『俺の家の話』の最終話。クドカンさんはテレビドラマでは作中人物をめったに殺さない印象があったから、ホントに驚きました。『木更津キャッツアイ』でも主人公は余命宣告されたのに、なかなか死なないでしょ。安易に死を描きたくないのかなと思ってたんで、今回は意外でした。
 能とプロレス、私にとって興味のない二大要素に加え、認知症介護、後妻業の女、学習障害の息子など、初回を観たときは、要素多すぎてとっちらからねえか? と不安でしたが、終わってみればすべてのピースがきちんとハマッてたのはさすが。
 でもまた視聴率悪いとかいわれてたみたいですけど、なんでかね。おもしろいのに。

 おまけ NHKBSで不定期に放送されている、江戸川乱歩の短編作品を原作に忠実にドラマ化するシリーズ。といっても、原作に忠実なのは脚本段階までで、演出はかなり奇をてらってます。
 先日放送された『少年探偵団』は、少年探偵団を全員、中年の役者が演じる、とんでもない演出でした。最初から狙ってふざけてたのか、それともコロナ禍で子役が使えない制約でもあったとか? 苦肉の策だったのでしょうか。
[ 2021/03/28 21:00 ] 未分類 | TB(-) | CM(-)

『進撃の巨人』は熱狂を拒否する傑作

 こんにちは、パオロ・マッツァリーノです。『鬼滅の刃』のアニメを初回だけ観てやめた私ですが、『進撃の巨人』には、ハマってます。シーズン3の後半が怒濤の展開だったので、続きがずっと気になってたのですが、ファイナルシーズンは期待を遙かに超えてました。原作コミックは読んでないので、これほどまでに戦争のおぞましさと哀しさを描く展開になるとは。
 なぜ『進撃の巨人』をもっと話題にしないのか、と世間に問いたいくらいです。

 その理由は、わかる気がします。『進撃の巨人』は熱狂を拒否する作品だからです。熱狂に不可欠なのは感情移入。正義と悪の戦いを描くエンタメ作品はほとんどの場合、主人公側が正義なので、観る側は安心して主人公に感情移入できるのです。
 『進撃』もシーズン3まではそういう要素がありましたけど、ファイナルでは、もうファンに媚びるのをやめたのかな、と思うくらい吹っ切れた感じです。キャラクターたちも少しオトナになり、見た目からして甘さやかわいらしさを排除してますし。
 放送が始まったころにネット上の感想を読んでみたら、ファイナルになって話がわからなくなったという意見がありました。そのひとは、近現代の世界史の授業をサボってたのではないですか。『進撃』のファイナルが現実の世界史をモチーフにしていることは、わかりやすすぎるくらいです。

 エレンたちを苦しめた巨人たちが、壁の外では被差別民族であるという現実。下級の巨人たちは消耗品の武器や盾として戦闘に投入され、まったく人間扱いされてません。そんな不条理な社会で名誉市民になれる唯一の道が巨人戦士の継承なので、軍国少年・少女たちは、手柄を立てて認められるべく、お国のために命を賭けて戦ってます。その姿もまた、痛々しい。人々は、会ったこともない敵を悪魔と呼んで憎みますが、その敵は、自分たちと同じ人間です。日本人を連想させる民族は、資源の獲得だけを目的にエレンたちに取り入ろうとするエコノミックアニマルとして描かれます。
 近現代の世界史をおおまかにでも知っている者なら、これらすべてが、現実の世界史の戯画であることにすぐ気づくはず。人類の黒歴史を連想させる文明批評的要素が、物語への熱狂を阻むのです。
 おそらく『進撃』の作者は、戦争の正義やら大義なんてものを信じていないのでしょう。どちらの側も、どの国も、正義にしないんです。その視線は、あくまで冷ややかです。
 物語の幕開けで無辜の被害者として登場したエレンが、ファイナルでは敵国に乗り込んで、民間人を大量虐殺する加害者となる。純朴な少年だったアルミンも、軍港を根こそぎ焼き払う。それは普通のエンタメなら、復讐を果たした爽快感につながるはずのシーンです。やったー、デススターを爆破したぞ! みたいな。
 でも『進撃』は、殺す側も殺される側も、鬼でも悪でもなく、知性と感情のある人間として描いてるので、観てて悲しくなるばかり。
 『進撃』は戦争を美化しません。戦争は復讐の無限連鎖でしかないし、戦争がもたらすのは不幸と哀しみだけ。何世代も前の人々がした戦争の結果が、なんの関係もない後の世代まで苦しめる不条理なもの。自由を求めて戦ってきたはずなのに、どうしてこうなってしまったのか。兵団のメンバーたちが苦悩する一方で、ますます戦争に熱狂し、のめり込んでいく国民たち。
 戦争と人間のおぞましさをエンタメ作品に盛り込もうとする姿勢はもっと評価されてもいいんじゃないですか。だからといってメッセージ性だけが浮くこともなく、オトナの鑑賞に耐える作品になってます。なにより『進撃』は、提示した謎を少しずつ回収しながら話を進めていくところがいいんです。海外ドラマで多いんだけど、謎を増やすばかりでなかなか回収しないのって腹立つよね。

 原作は近々完結するそうですが、ここまでくると、この作品がハッピーエンドになることは、まず、期待できません。だからといって、あまりに救いのない結末もエンタメとしてはどうかと思います。できれば、ひとすじの希望を残す終わりかたであってほしいな、と。
[ 2021/03/15 21:29 ] 未分類 | TB(-) | CM(-)

渋沢栄一って、じつはこんな人

 こんにちは、パオロ・マッツァリーノです。いよいよ渋沢栄一の大河ドラマがはじまるそうで。ま、私は観ませんけども。
 大河、苦手なんですよ。『麒麟』も最終回だけチェックしたんですけど、やっぱりあのゆったりしたテンポと間が体質に合わなくて。私が最後まで観た大河は三谷さんの2本だけ。クドカンさんのは、ピエールさんが消えるあたりでリタイアしました。べつにピエールさんとは関係なく、私が話に飽きてしまったタイミングがたまたま一緒だっただけです。

 それはさておき、私は2015年刊の『エラい人にはウソがある』で、こんなことを書いてます。

 [日本経済の礎を作った渋沢栄一は]お札の肖像としてこれ以上相応しい人はいないって感じもするのですが、なんでならないんでしょうね?

 そしたらその後なんと、本当にお札の肖像になることが決定しまして、財務省のかたが私の本を読んで検討してくれたのではないかと、勝手に思うことにしてますけども。
 『エラい人にはウソがある』は書名からは想像しにくいのですが、歴史社会学的に孔子と『論語』を検証することで、日本でいかに誤解されているかを解き明かした本です。
 そのなかで渋沢栄一についても1章を割いてます。文献もだいぶ読み漁りましたし、私は渋沢についてけっこう詳しいです。渋沢にも世間に広まった虚像と実像がありますので、大河スタート記念として、そのあたりの話をしておきます。

 まず、踏まえておいてほしいのは、渋沢が『論語』の精神でビジネスをしていたというのは、後付けの解釈にすぎないということ。
 渋沢は若いころから有名人だったので、スピーチや演説の内容が活字となってかなり残ってます。でもそれに目を通しても、孔子や『論語』の話はほとんどしてないんです。してるときも、うろ覚えの浅い話ばかりで、『論語』を読み込んでる感はまるでありません。渋沢が『論語』の話をするようになったのは、ビジネスの一線を退いたあとの晩年だけなんです。

 そもそも明治末期の『論語』リバイバルブームの仕掛け人は渋沢ではなく、第一生命創業者の矢野恒太でした。
 維新以来、『論語』なんてだれも読まなくなり、古本屋でもホコリをかぶってたのです。矢野は日露戦争後に突然ドハマリしました。つねに持ち歩いて読みたいけどデカい本しかないので面倒だ。そこで思いついたのが小型の『ポケット論語』。ないなら自分で作ってしまえ。話を持ち込まれた出版社が、そんな時代遅れの本は売れないから500部くらい刷りますかと進言したら、いや、5000部だ、と強気の矢野。
 で、売り出してみたら、昔を懐かしむ老人たちに刺さりまくって爆発的な大ヒット。金持ち老人がまとめ買いして部下や後輩に配ったりするもんで、40万部のベストセラーになりました。
 渋沢が『論語』の話をやたらとするようになったのは、そのブームのあとのことなんです。すでにそのとき渋沢は第一線から退いていたわけで、ビジネスに『論語』の精神が必要だなんて主張は、すべて後付けの理屈だったことがわかります。
 『論語講義』は渋沢の著書ということになってますが、本当の著者は二松学舎の尾立維孝であることが近年の研究であきらかにされてます。渋沢は執筆・編集をほぼ尾立におまかせだったので、実際にどこまで『論語』を理解してたのかは疑問です。
 それでも渋沢があんまり話すものだから、いつのまにか世間の人たちも矢野の功績を忘れ、『論語』といったら渋沢、みたいになってしまったんです。

 明治以降の財閥などが強引な手法で金儲けをすることも多かったなかで、渋沢のビジネスは比較的クリーンだったといってよいと思います。それは渋沢がもともといい人だったからです。若いころから、孤児院の運営から近所の火事見舞いまで非常に熱心で、それは売名や打算でできるレベルではありません。困った人を助けずにいられない性分だったのでしょう。
 それは『論語』とはなんの関係もありません。孔子は、貧しい人やこどもを助けよ、なんてひとこともいってませんから。もちろんビジネスとはまるで無縁の人でした。だからビジネスと孔子を結びつけるのは強引すぎます。
 どちらかというと、後の時代の孟子のほうが、孔子を勝手に利用した自己啓発ビジネスで大儲けした成功者といえます。孔子は生涯、世間から認められなかった不運な負け犬なんです。大臣になったという話は後の時代の創作です。
 誤解のないようにいっときますけど、私は孔子をスゴい人だと評価しています。戦乱のよのなかで、戦争を否定したんですから。『論語』のなかで孔子は戦争と死刑を否定してます。国家の予算がなければ、まず軍事費を減らせといってるくらいです。
 みんなが礼節を守って生きれば世のなか平和になるよ、って、それ平和な時代になら誰でもいえますよ。戦乱の最中にそれを主張したのが凄い。そのせいでヘタレな平和主義者だとバカにされたまま一生を終えたのですが。
 そんな孔子を死後にまつりあげて大成功したのが孟子です。いけすかないヤツですね。もしも古代中国にネットがあったら、サロンで荒稼ぎしてますね。

 さて、話を渋沢に戻します。渋沢は妾を何十人も囲ってたことでも有名です。奥さんがいるのに、自宅に妾を同居させてた時期もあるんですから、現代人の倫理観ではありえません。
 ただ、確証はないんだけど、妾を大勢持っていたのも社会貢献の一環だったような気がします。何十人もの妾をとっかえひっかえするほどの性豪とは思えないんで、おそらくホントの妾は数人で、あとはこどものいる未亡人とかを、妾という名目で援助してたんじゃないかと。渋沢の妾だってことにしておけば、近所の連中も邪険には扱えないでしょうから。

 もっと詳しく知りたいかたは、『エラい人にはウソがある』をぜひ読んでみてください。
 大河ドラマが渋沢の実像をどこまで描くのか、興味のあるところです。あ、私は観ませんけどね。
[ 2021/02/13 21:34 ] 未分類 | TB(-) | CM(-)

それは説教ではない。きみは論破されたのだ

 こんにちは、パオロ・マッツァリーノです。かれこれ20年近く前から在宅ワークです。いまは書き下ろし単行本の原稿がようやく終盤に差し掛かったところです。書き上がってから全体を見直して手を入れるので、発売はまだしばらく先になると思います。

 年末から録りためたテレビ番組をほぼ消化できました。『逃げ恥』の新春スペシャルドラマは、連ドラのときと変わらず、社会問題をぶっこんでくる姿勢が頼もしい。家庭と仕事の両立をはばむ日本社会のゆがみという従来からの問題に加えて、今回はコロナ禍ですよ。多くのドラマがコロナ禍という状況を無視してるなか、正面切って取り組んでたのは勇気があります。
 勇気ある行動には、必ずケチをつけるひとが現れるもの。ツイッターを検索してみると、圧倒的に支持する意見が多いなか、批判的な意見もちらほらあるといった感じでした。
 おもしろい反応だなあと思ったのは、少数の批判派に「説教臭くてムリ」「フェミの説教だ」みたいな意見が目立つのに対し、支持する側のひとたちは「社会問題を取りあげながらも説教臭くないエンタメになってたのがいい」みたいにほめてるところ。
 同じものを見てるのに、「説教くさい」「説教臭くない」と感じかたは正反対。おもしろいでしょ。この差が何に由来するのか、考えてみましょう。

 じつは1年ほど前に、同じ賛否の構図を偶然目にしました。『ミステリと言う勿れ』というマンガを読んだら評判どおりの秀作で、これはきっと、うるさがたのミステリファンもほめているに違いないと思ったんです。そこでためしに、普段あまり読まないアマゾンのレビューを確認してみました。
 残念ながらミステリファンらしきひとのレビューはなかったのですが、代わりに発見がありました。全体として圧倒的に高評価が多いなか、少数の批判意見に共通するワードが「説教」であることを。
 フェミの説教などと批判されてることに、私はビックリしました。え? あのマンガがフェミニズム? そんな印象、まったく受けなかったけどなあ……? そこでもういちどマンガ喫茶で1巻を読み直しました。
 最初のエピソードでは、誤認逮捕された探偵役の大学生・久能が取り調べを受けている側であるにもかかわらず、逆に取り調べをする刑事たちの発言の端々から私生活で抱えている問題点を見抜いてズバズバ指摘していきます。久能がいかにも切れ者って感じではなく、ひょうひょうとしてマイペースなのが笑えます。
 久能はつねに合理的な視点で物事を見ています。刑事たちがいかに常識バイアスで曇った不合理な目で物事を見ているかを指摘していくうちに、事件の真相にまでたどりついてしまうのですが、そこに関心があるかたはマンガを読んでいただくとして。
 で、久能は刑事たちに何を告げたのかといいますと、娘が父親のニオイを嫌うのは近親交配を避けるための本能とする生物学の仮説を披露したり、刑事が奥さんを怒らせてるのは、ゴミをゴミ置き場に持ってくだけで家事を手伝ってるつもりになってるからだと忠告したり、アメリカの野球選手は奥さんの出産やこどもの卒業式のときに試合を休むことを父親の権利だと思い、世間も認めてるが日本ではなかなか認められない……とか、その程度の話です。
 批判レビューを書いたひとたちは、この程度の内容をフェミニズムだと誤解して唾棄してるわけで、それは単なる無知、勉強不足ですね。

 説教された、とひとが感じるのは、どういうときだかわかりますか。正論をいわれて反論できないときなんです。つまり、相手の意見を説教だとケチつけてる時点でそのひとは、すでに相手の正論に論破されて負け惜しみをいってる状態にあるのです。
 『逃げ恥』にせよ『ミステリと言う勿れ』にせよ、主張内容は非常にわかりやすく具体的です。その主張の多くは、社会と人間の見かたとして正論であると私は感じました。フェミニズムであるかどうかは関係ありません。
 もしも主張内容が間違っていると思うなら、どこがどう間違いなのかを具体的かつ論理的に指摘すればいいだけのこと。正しいと納得したなら素直に受け入れればいい。正誤を決めかねるのであれば、自分と異なる価値観もあることを認め、とりあえず異論を尊重する態度を取ることもできるはずです。
 そのいずれかが可能なら――いい換えると、あなたが知的・精神的にオトナであれば、「説教された」「説教臭い」なんて言葉は出てこないはずなんです。誰かの意見を聞いたり読んだりして説教だと吠えてるとしたら、それはあなたが未熟だからです。
[ 2021/01/11 18:03 ] 未分類 | TB(-) | CM(-)

今年、コロナ禍で困ったこと

 こんにちは、パオロ・マッツァリーノです。これまで何度も書いてますけども、私は片方の耳がほとんど聞こえません。私の正体が○○さんとか推理してる迷探偵をネットでときどき見かけますけど、その○○さんも片耳が難聴なのですか? そこを確認すれば、私とは別人だとわかりそうなものですが。まさか、私が難聴のフリをしてるとでも?

 片方だけ聞こえなくなっても、聴力が半分になるわけではありません。両耳とも聞こえてたときの7割ぐらいは聞こえてると思います。ただし、それは周囲が静かな場合に限られます。周囲に雑音があると途端に聞こえづらくなるから不便です。
 カクテルパーティー効果というのをご存じのかたも多いでしょう。パーティー会場のような周囲がざわついてる場所でも、目の前のひとの言葉だけを聞き取って会話ができる能力のことで、健常者はほとんど全員が無意識にやってます。でも自分でもビックリしたのですが、片耳だけしか聞こえなくなると、この能力が失われてしまうんですよ。目の前の会話相手が小声でしゃべっていて、となりの関係ない他人が大声でしゃべってると、となりの大声に目の前の小声がかき消されてしまいます。不要な音をミュートできないんです。

 たぶんみなさんは一度も意識したことないだろうけど、スーパーやコンビニの店内って、けっこう騒がしい。客の話し声や店内のBGMなど、雑音がたくさんあるんですが、みなさんは無意識にそういう騒音を脳の中でミュートしてるから気にならないんです。
 困るのは会計のとき。そういう周囲の騒音がジャマをして、目の前の店員の言葉が聞き取れないことがよくあります。いちいち聞き返すのも面倒だから、ポイントカードお持ちですか、とか聞いてるんだろうなと予測して適当に受け答えしています。
 今年はコロナ対策で、店員がマスクをして、客との間にはビニールシートみたいなのが吊されるようになったので、いままで以上に聞き取るのがむずかしくなりました。

 レジ袋の質問に適当に答えてると、罠にはまることがあります。経験上、大多数の店員は「レジ袋は必要ですか?」と聞いてくるんで、よく聞きとれなくても、レジ袋の質問だなと思ったら「いいえ」と答えます。
 ところがたまに、「袋はお持ちですか?」と変化球投げてくる店員がいるんですよ。いつもの調子で「いいえ」と適当に答えてしまうと、袋を持参していないことになり、レジ袋をカゴに入れられてしまいます。そこであわてて「レジ袋、要らないです」と訂正するはめに。

 数日前に新宿の紀伊國屋書店に行きました。あそこはいまどき珍しく、エレベーターガールがいるんです。で、私がエレベーターに乗ろうとしたら、ガールがなにか私にいってるんですけど、聞こえない耳の側から話しかけられたからわからない。
 なんだろう? エレベーター内を見るとすでにそこそこ乗客がいたので、満員だから次のにしろといってるのかと予測して、ドアの前で立ち止まりました。これでよろしい? とガールの顔をうかがうと、「リュックを降ろしてください」といわれました。
 あ、混んでてジャマになるからってことね。これはさすがに予測できませんでした。
[ 2020/12/28 20:27 ] 未分類 | TB(-) | CM(-)
プロフィール

Author:パオロ・マッツァリーノ
イタリア生まれの日本文化史研究家、戯作者。公式プロフィールにはイタリアン大学日本文化研究科卒とあるが、大学自体の存在が未確認。父は九州男児で国際スパイ(もしくは某ハンバーガーチェーンの店舗清掃員)、母はナポリの花売り娘、弟はフィレンツェ在住の家具職人のはずだが、本人はイタリア語で話しかけられるとなぜか聞こえないふりをするらしい。ジャズと立ち食いそばが好き。

パオロの著作
サラリーマン生態100年史

偽善のトリセツ

歴史の「普通」ってなんですか?

世間を渡る読書術

会社苦いかしょっぱいか

みんなの道徳解体新書

日本人のための怒りかた講座

エラい人にはウソがある

昔はよかった病

日本文化史

偽善のすすめ

13歳からの反社会学(文庫)

ザ・世のなか力

怒る!日本文化論

日本列島プチ改造論(文庫)

パオロ・マッツァリーノの日本史漫談

コドモダマシ(文庫)

13歳からの反社会学

続・反社会学講座(文庫)

日本列島プチ改造論

コドモダマシ

反社会学講座(文庫)

つっこみ力

反社会学の不埒な研究報告