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パオロ・マッツァリーノ公式ブログ
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犯罪不安を煽るのは、どのメディアか

 こんにちは、パオロ・マッツァリーノです。
 前回のブログ記事「都合よくデータを切り取って人々を不安に陥れよう!」の補足情報。
 主要な新聞を確認してみたところ、興味深い事実が判明しました。
 たまたまこどもの誘拐事件の件数が少なかった平成20年と比較するトリックで、誘拐が増加していると不安をおおげさに煽る報道をしていたのは産経と読売でした。
 朝日は、平成16年の141件から減少傾向と、データをきちんと見て冷静に事実を報じてます。早くも誤報反省の効果が出たのかな?
 今回、もっとも称賛したいのは毎日です。誘拐の件数が減少しているというだけでなく、さらに数字の背景まで踏み込んで調べていたのです。
 平成16年に摘発された100人の誘拐容疑者の7割は、被害者であるこどもと面識のない他人でした。しかし平成25年の摘発者75人のうち他人は31人。半数以上は、離婚した親など、こどもの親族・知り合いだったことまで報じてます。
 つまりこのデータが示しているのは、連れ去り事件の多くは家族争議関連であるということ。そして、他人や不審者が身代金やわいせつ目的でこどもを連れ去る事件は、この10年で半減しているってことですよね。
 さあ、こういう事実を踏まえてもなお、産経さんと読売さんは、こどもを狙う凶悪犯罪は増えている! とおおげさに煽り続けるのでしょうか。原発や放射能の危険性をおおげさに煽ってはいけない、と盛んに主張してたのは、他ならぬ産経と読売だったような気がしますけど、釈明をうかがいたいものです。
 犯罪増加をいたずらに煽ることで、人々の不安につけこもうとするインチキ宗教やインチキ防犯アドバイザーにダマされる人が増えなければいいのですが。
[ 2014/09/28 08:41 ] 未分類 | TB(-) | CM(-)

都合よくデータを切り取って人々を不安に陥れよう!

 こんにちは、パオロ・マッツァリーノです。
 さあみんな、おまちかね、「都合よくデータを切り取って人々を不安に陥れよう!」の時間だよ!

警察庁によると、13歳未満の児童・生徒が連れ去られる事件は平成20年の63件から増加傾向にあり、22年以降は90件前後で推移。25年は94件だった。(MSN産経ニュース2014年9月24日付)

 上の記事を読んで、なにか感じない? こどもを狙った犯罪が増加していることへの憤り? なるほど。それもありますね。
 でもごめんね、パオロさんはとっても性格悪いんだ。だから、他のところが気になっちゃう。
 なぜ、平成20年と比較してるのだろう?
 今日は、この理由をみんなと考えてみよう。
 まずは、この警察発表の元になっているデータを探すんだけど、今回はすぐにみつかったので助かりました。平成25年の警察白書です。

 この表の略取・誘拐という欄がネタ元。赤線で囲ってみました。
 おっと、賢いきみたちには、もう犯人のトリックがわかっちゃったかな。犯人といっても警察なんでややこしいんだけど、ま、要するに警察の人は、もっとも件数が少なかった平成20年を基準として、犯罪が増加している! と発表した。するとマスコミの人たちが見事に、その情報に食いついたというわけさ。
 でも実際には、平成20年がたまたま少なかっただけであって、それ以前はいまよりもっと誘拐事件が多発してたんだ。
 てことは、さっきの報道は、こういうふうにいい換えることもできてしまう。

警察庁によると、13歳未満の児童・生徒が連れ去られる事件は平成16年の141件から減少傾向にあり、22年以降は90件前後で推移。25年は94件だった。

 ほら、同じデータを使っているのに、データを切り取る位置を変えて報道することで、読者に真逆の印象を与えることができてしまうんだ! 情報操作って、コワいよね。
 表の殺人の欄を見るとさらに驚きが! 誘拐とは逆に、なんと平成20年がもっとも多いじゃないか。マスコミはこの事実も公平に報道しなければいけないよね。

警察庁によると、13歳未満の児童・生徒が殺される事件は平成20年の115件から減少傾向にあり、22年以降は70件前後で推移。

 さあ、今回の検証で、日本のマスコミは警察が投げ与えてくれた情報を鵜呑みにし、自分たちで確認もせずに報道してしまうことが明らかになってしまったね。
 彼らはなぜか、日本はダメになる、日本はどんどん悪くなっている、と悲観論や滅亡論ばかり報じたがる。自分たちで悪いニュースを流しておいて、日本人は自信を失っている、とか論評するのだから、日本のマスコミは滑稽だね。


[ 2014/09/25 11:53 ] 未分類 | TB(-) | CM(-)

最近おすすめのテレビ

 こんにちは、パオロ・マッツァリーノです。
 開始前は続編という企画の安易さから、コケる予想も多かった『HERO』でしたが、フタを開けてみれば期待を裏切らない良作でした。キムタクさんを無条件で叩く人たちって、何の恨みがあるんでしょうね。タレントをゴリ押しでドラマに使わせてるとか批判して事情通を気取る人がいますけど、そんなのどうでもいいじゃない。作品の出来がすべてなんですから。
 だったら、キャストをすべて実力派俳優で固めた『MOZU』が、なんでもっと激賞されなかったのか不思議です。私はWOWOWの再放送でまとめて観たのですが、やられましたね。日本のテレビも、アメリカのテレビドラマ並みのハードアクションが撮れるじゃん。しかも、散りばめられたナゾの数々を、シーズン2までできちんと回収できてるのも良心的。アメリカのドラマって、ナゾを増やしてひっぱって、結局謎解きをせず終わっちゃうのが多いんですよね。腹立つ。
 とかいいつつ、最近観たなかでダントツだったのは、アメリカの『ブレイキング・バッド』。ようやくうちの近所のレンタル屋にもDVDが入ったんで、とりあえずシーズン2まで観たところです。ガンで余命いくばくもないと宣告された冴えない化学教師のおっさんが、麻薬製造販売をはじめる話。最初は家族に金を残すためだったけど、じょじょに悪のパワーゲームの魅力に取り憑かれ、死と暴力に無頓着になっていく様にゾッとします。
 それと、ドラマじゃないんだけど、NHKBSの『世界入りにくい居酒屋』が10月からレギュラー放送になるようです。観光客が絶対足を踏み入れそうにない路地裏にある、地元の常連しか行かない居酒屋を紹介する番組。夏にやった2回のパイロット版がおもしろかったので期待してます。
[ 2014/09/24 22:43 ] おすすめ | TB(-) | CM(-)

「むかしはよかったね?」連載中の新潮45最新号発売中です

 こんにちは、パオロ・マッツァリーノです。
 連載「むかしはよかったね?」が掲載されている新潮45最新号が発売中です。
 今回は「ありのままの敬老の日」。老人だから一律に敬えという儒教原理主義がはびこる日本の状況にはうんざりです。老人は善人というイメージに甘えて悪いことをする老人が増えてるような気がします。
 いい老人はほめるけど、悪い老人は叱らなきゃいけません。歳をとればなんでも許されるってもんじゃないでしょう。
 むかしは、まあまあ、年寄りは先が短いんだからガマンしてあげなさいよ、なんて取りなしが通用しましたけど、いまは年寄りがなかなか死にませんからね。マナーの悪い年寄りにはきちんと注意して行動をあらためさせないと、社会に老害を垂れ流し続けることになります。
 そうやって年寄りを批判すると「いまの社会を作った老人を悪くいうな!」と儒教原理主義者がねじ込んできます。そうですか。では、いまの朝日新聞を作った老人も悪くいってはいけませんね。30年以上前に誤報を書いた記者はもう老人でしょうから、批判してはいけないことになっちゃいますね。
 私も今回の朝日の誤報問題への対応には釈然としませんし、ちょっとからかってネタにもしています。でも私は朝日だけでなく、過去の著作で読売も新潮も文春も、みんなネタにしました。私は現在、新聞・雑誌をまったく購読してませんし――あ、テレビ番組の情報誌だけ買ってるか。とにかく、特定のマスコミだけを叩くこともしないし、味方することもありません。
 それにしても、読売も産経も新潮も文春も、過去にやらかした誤報を掘り起こせば、枚挙にいとまがないくらいありますよ。自分のことを棚に上げて、よくそこまで手放しで他人を叩けるもんだなあ。自分に跳ね返ってくることはまったく考えないんですね。
 今後、朝日以外のマスコミ各社が誤報をやらかしたときに、いったいどんなすさまじい謝罪を見せてくれるのか、いまから楽しみにしています。
[ 2014/09/18 21:47 ] おしらせ | TB(-) | CM(-)

気安く謝罪をしないでほしい

 こんにちは、パオロ・マッツァリーノです。
 なんかね、私の『誰も調べなかった日本文化史』発売にあわせたかのように、またコンビニ店員に土下座させた上にタバコを要求して逮捕される事件が起きたりしてます。懲りないですねえ。
 土下座は日本では一般的に、最大級の謝罪表現だとされてますけど、それは根拠のない幻想です。実際には、多くの日本人は土下座に価値など認めてません。土下座をされて満足する人など、ほとんどいないのです。
 本当に土下座にそれほどの価値があるのなら、相手が土下座をした時点で満足しなきゃいけないはずです。でも、コンビニの事件のように土下座をさせた上に金品を要求したりするケースは珍しくありません。
 土下座が最大級の謝罪表現であると信じてる人は、機会があると試してみるわけです。ところが、実際やらせてみると満足感がほとんど得られないことに気づく。だから金品をせしめたり、土下座してる相手に暴行を加えたり、撮影してネットに流し、クリエイター気分を味わったりといった追加オプションが必要になっちゃうんです。
 仮に恐喝した側の要求が、「お詫びのしるしにタバコを4カートン寄こせ。でも、土下座して謝るなら、タバコは要らない」だったら、スジが通るんです。この場合は、土下座という謝罪行為の価値を認めているんですから。
 でも、そういう例はあまり耳にしません。本当はだれも土下座など求めていないし、しても許してもらえない。だったら土下座なんてするだけムダということになります。

 みんな、その場の勢いや感情で「謝罪しろ!」とついつい口にしてしまいがちですが、自分が相手に何を求めているのかハッキリしない段階で相手に謝罪を求めても、無意味なんですよ。立場が逆でも同様で、相手が何を求めているのかハッキリしない段階で謝罪するのも、無意味なんです。
 なにが問題なのか、どこをどうしてほしいのか、具体的な問題の本質がわからないのに謝罪だけするのは不毛です。まず謝罪ありきで、とりあえず謝っとけという考えがむしろ、謝罪を形骸化させ、問題解決を遠のかせているように思えます。
 以前、図書館内で3歳くらいのこどもがどたどたと走り回ってました。小さい子にじかに注意しても、ポカンとされるだけなので、私はその子どもの母親に、「お子さんが走らないよう注意してもらえますか」とお願いしました。
 するとお母さん、「すいません……」と私に謝ったのですが、それだけです。そのまま何事もなかったかのように、どたどた走るこどもと一緒に去っていきました。
 ちがうちがう、そうじゃない(鈴木雅之?)。私は謝罪してほしかったのではありません。その場でお母さんがこどもに、「ここは図書館だから、走ってはダメよ」としつけをしてくれることを望んだのです。
 私にいくら謝られたって、何も解決しないんです。こどもにそれはダメだよ、と教えて行動を変えさせないかぎり、こどもはずうっと図書館で走り続けますよ。
 謝罪だけして行動しないというのが、いちばん空しくなる対応です。謝罪なんかしなくていいから、行動してほしいんですけどね。
 行動を変える余地がない、これ以上どうにもならないってときに、しかたなく言葉で相手に理解を求めるのが、謝罪です。最後の手段である謝罪を先にしちゃうから、お互いその先の対応がわからなくなるんです。

 こどもはいっても聞かないんですよぅ、なんていうお母さんがいるかもしれないので、先に反論しときます。そのいいわけは却下します。じゃああなた、こどもに車道を自由に歩かせるんですか。クルマにひかれたら自己責任? そんなわけない。車道は歩いちゃダメよ、と教えてるでしょ。それができるのに、図書館内で走ってはダメよ、と教えることができないとはいわせません。
[ 2014/09/14 18:13 ] 未分類 | TB(-) | CM(-)
プロフィール

Author:パオロ・マッツァリーノ
イタリア生まれの日本文化史研究家、戯作者。公式プロフィールにはイタリアン大学日本文化研究科卒とあるが、大学自体の存在が未確認。父は九州男児で国際スパイ(もしくは某ハンバーガーチェーンの店舗清掃員)、母はナポリの花売り娘、弟はフィレンツェ在住の家具職人のはずだが、本人はイタリア語で話しかけられるとなぜか聞こえないふりをするらしい。ジャズと立ち食いそばが好き。

パオロの著作
つっこみ力

読むワイドショー

思考の憑きもの

サラリーマン生態100年史

偽善のトリセツ

歴史の「普通」ってなんですか?

世間を渡る読書術

会社苦いかしょっぱいか

みんなの道徳解体新書

日本人のための怒りかた講座

エラい人にはウソがある

昔はよかった病

日本文化史

偽善のすすめ

13歳からの反社会学(文庫)

ザ・世のなか力

怒る!日本文化論

日本列島プチ改造論(文庫)

パオロ・マッツァリーノの日本史漫談

コドモダマシ(文庫)

13歳からの反社会学

続・反社会学講座(文庫)

日本列島プチ改造論

コドモダマシ

反社会学講座(文庫)

つっこみ力

反社会学の不埒な研究報告