こんにちは、パオロ・マッツァリーノです。
災害関連の本を何冊かまとめ読みしたところ、すごい本を見つけてしまいました。2010年に出てたのに、これまで存在すら知らなかったのはうかつでした。なので遅ればせながら、必読のおすすめ本として紹介します。興味があれば明日にでも、書店か図書館で探してください。
これまで何度も目に、耳にしてきたであろうこの言葉。
「日本では災害が起きたときも略奪や暴行などは起きず、みんなで助けあう。この日本の素晴らしさを世界が賞賛した」
私もなかば信じていたのですが、残念ながら、どうやらこれはとんでもないカン違いだったようなんです。それがあきらかになるのが、レベッカ・ソルニット『災害ユートピア』(高月園子訳・亜紀書房)。
この本はおもに南北アメリカで起きた災害後の人々の行動について詳しく検証しています。じつはアメリカでも、災害時には利他主義を最優先する一般市民によって助けあいや救助活動が行われているし、略奪や暴動はほとんど起きていないのだそうです。
災害学の専門家クアランテリさんは、学生時代に災害とパニックについて論文を書くために資料を探したところ、パニックの事例はひとつも見つからず当惑したそうです。
それ以来、700例以上の災害を研究して彼が行き着いた結論。
「残忍な争いが起きることはなく、社会秩序も崩壊しない。利己的な行動より、協力的なそれのほうが圧倒的に多い」
つまり、災害後に略奪や暴行を起こさず、みんなで助けあうのは、人類共通の美徳なんです。日本人だけが特別だと考えるのは、うぬぼれにすぎないということがわかりました。
災害時にパニックが起きているのは、ハリウッド映画のスクリーンのなかだけで、現実の人々は、意外なほど冷静に行動しているとのこと。
1972年のニカラグア大地震の被災者は、行政がなにもできないなか、普段はほとんどつながりもなく、かなりバラバラだった人々が、互いに助けあっていたと証言します。
2001年のニューヨーク9.11のときもパニックのようなものは起きてません。大勢の人々が徒歩で長距離を帰宅しましたが、混乱は起きませんでした。(同じことは東日本大震災のときの東京でも見られました。)ソルニットさんはこれを都会人の特質だとします。都会人は日常的に、見知らぬ人たちのあいだを不安にならずに歩き回っている。いわば、集団避難訓練を毎日しているようなものである、と。
2005年、ニューオリンズはハリケーンカトリーナに襲われて壊滅的な被害を受けました。このときは、街の一部で略奪騒ぎが起きました。それは事実ですが、もともと普段から犯罪が多発してた地域の一部で起きただけで、略奪や暴行に関する話は、大半がデマだったことがわかっています。
大規模避難所になったスーパードームでは殺人やレイプが横行しているとするうわさが広まったけど、これもまったくのデマ。
当初、ニューオリンズ全域で死者1万人という数字が広まったのですが、実際の死者は964人。1万人というのは、市長が勝手な憶測をマスコミに話したのが、メディアで繰り返し流されたことで広まったのでした。
(本には載ってませんが、私が調べたところでは、毒矢を放つ軍用イルカが海軍の研究所から逃げ出したなんていう荒唐無稽なデマまでありました。)
たしかに電気製品を盗む連中もいましたが、略奪とされた行為の大半は、「調達」だったと考えられてます。洪水で遮断され、外部から物資が届かない街に取り残された人が生きるには、食糧を盗むしかありません。それは犯罪なのでしょうか?
医療関係者は、治療に必要な薬品などが足りなくなり、無人の薬局などから勝手に調達しました。それは犯罪ですか?
CNNの女性キャスター・オブライエンさんは、そういう行為を白人がやれば「調達」だけど、黒人がやってたら「略奪」とみなされる、と痛烈な皮肉をいいました。
(読売新聞には、たまたま現地で被災した日本人ミュージシャンの体験談が載ってました。その人も飢えをしのぐため、スーパーから野菜ジュースを勝手に失敬したそうです。これも略奪なのですか?)
その一方で被災直後から、周辺地域の住民たちが自前のボートなどで乗り付けて、救助活動に励んでいたのです。民間人の活躍で数千人の被災者が無事避難することができました。
ある医師はボートで街に入ろうとしたら警察に追い返されたので、しかたなく密入国のようにこっそり接岸して上陸し、ボランティアで医療活動をしました。
このような勇敢な美談を、日本のメディアは報じませんでした。略奪が頻発しているなどという悪い面ばかりが報じられ、それを真に受けた作家が、日本人は徳があるからそういうことはしないのだ、みたいな根拠のないクソ自慢コラムを雑誌に書いてました。
日本人がいいことをすると、「世界が賞賛した」とうぬぼれるのに、外国人がいいことをしても、日本人はそれを賞賛しないのです。
『災害ユートピア』は美談ばかりでなく、悪徳にも言及しています。ハリケーンカトリーナの場合、災害直後、被災者たちは利他主義で助けあいました。しかし、略奪や犯罪が横行しているというデマが広まったことで、被災をまぬがれた周辺地域の住民に、疑心暗鬼が芽生えてしまいます。彼らは、略奪者が次は自分たちの町を襲いにくると勝手に思いこみ、銃を持って自警団を組織します。
そしてなんと、家などを失って中心市街から避難してきた人たちを略奪者と決めつけて、銃を向けて追い返す暴挙に出たのです。とりわけ有色人種の避難者たちは、警告なしにいきなり発砲されて負傷したケースもあったそうです。
そういえば日本でも震災後、福島から首都圏に避難してきた人たちが差別的な扱いを受けたと報じられてましたね。
むしろ本当に恐ろしいのは災害ではなく、差別や銃所持を容認する人間だということでしょうか。
[ 2016/03/10 20:49 ]
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