死刑制度についての私見 その1 はこちら こんにちは、パオロ・マッツァリーノです。犯罪被害者支援弁護士フォーラムなる団体が死刑に関して声明を出し、被害者遺族の心情を考えれば、軽々しく死刑を批判すべきでないと述べています。
この声明では、死刑に反対する人々に対し、軽々しい、軽々しいとやたら連呼して批判しているのですが、冗談じゃない。死刑に反対するひとたちが、軽々しい人道主義から批判してると決めつけるのは不愉快だし、失礼です。真剣に考えに考え、悩みに悩んだ末に死刑を否定しているんです。
そもそも、死刑の存廃は正解のない問題です。だから、もし日本人全員が死刑について真剣に考えているなら、正解のない死刑の賛否は拮抗するのが自然です。なのに、反対が1割で、支持が8割なんて極端な数字が出るのは、支持するひとたちのほうこそが、圧倒的に軽々しく決めている証拠です。死刑についてろくに勉強もせず、なにも考えず、反対意見には感情論で頭ごなしに噛みついて、耳をふさいで反論を聞かないようにする。そういう態度のひとがいかに多いかってこと。
二言目には、被害者遺族の気持ちを考えろ! となりますが、本当に遺族の気持ちを考えてるのか疑わしい。その遺族の気持ちとやらは、あなたの勝手な想像ではないのですか。
たとえば、凶悪殺人の被害者遺族のなかにも、死刑に反対しているひとがいるのをご存じですか。彼らは犯人を許したわけじゃありません。恨み憎しみ、悩み苦しんだ末に、それでも犯人の死刑は望まないと結論を出してるんです。
でも、死刑を望まない被害者遺族の気持ちは無視されます。それどころか、被害者遺族が死刑に反対すると、猛烈なバッシングを受けることも珍しくありません。ある被害者遺族は街頭で加害者の死刑執行に反対する嘆願活動をしていたら、通行人から「被害者遺族の気持ちを考えろ!」と怒鳴られました。「私が被害者遺族です」というと、その通行人はなんともいえない顔をして立ち去ったそうです。
幼いわが子を虐待して殺した両親を、どう裁きます? やっかいなのはこの場合、両親は加害者でもあり、被害者遺族でもあるという点です。どちらの気持ちに寄り添うのですか? やはり凶悪犯罪者だから死刑にしますか。
では、もしも殺された子に兄弟姉妹がいたら? 殺された子の無念を晴らすために両親を死刑にすれば、残された兄弟姉妹からじつの親を奪うことになります。社会の安定・安全や法の平等を守ることと引き替えに、その子たちは孤児になるのですが、それであなたの正義は満足ですか。
もうひとつ、死刑に軽々しく賛成できない理由は、死刑を執行する刑務官の存在です。
彼らに殺人をさせてるのだという意識が、あまりにも薄すぎるんです。多くのひとがこのおぞましい事実から目を背けてるのが腹立たしい。
それは職務だから当然だ、といった評論家がいましたが、そんなふうに割り切れるのは、他人事だと思ってるからでしょ。刑務官やその家族の気持ちを考えたら、職務だからのひとことで殺人を命じることなんてできませんよ。
どうしても死刑を存続したいなら、私からひとつ提案があります。死刑執行の役割を、裁判員制度と同様に、日本国民全員から抽選で選ぶことにしませんか。
ふざけてるわけじゃありません。これは真剣な提案です。死刑執行、ひとを殺すという重荷を一部の刑務官だけに背負わせるのは、はなはだ不公平な話です。みなさんが死刑に賛成するのなら、その重荷を全員で平等に負うのが当然でしょう。
逆にいうと、自分が手を汚し、殺人の重荷を背負う覚悟のない人間には、ひとの命を強制的に奪う死刑という重大な行為に賛成する資格などないってことです。
あ、死刑執行のボタンを押すだけではないですよ。遺体を片付けて、供養する業者に引き渡すところまでやってもらいます。ひとを殺すだけで、あとの処理をせず逃げ帰ったらヒットマンと同じです。
こういう提案をすると、「オレがやってやる」みたいな威勢のいいヤツが出てくるものです。でも、そうやって正義を声高に叫んで強がるひとほど、じつは肝っ玉が小さいんですよね。もし本当に死刑執行をやったら、毎晩うなされたりして精神を病んでしまうかもしれません。
それこそ被害者遺族が、この手で犯人を殺してやりたい、死刑執行のボタンは自分に押させろなんていいますが、私はそれも絶対にさせたくありません。そんなことをしたら、今度はその被害者遺族が、殺人という重荷を一生背負うことになってしまうからです。
結局、考えれば考えるほど死刑の矛盾は深まるばかり。矛盾から目をそらすのは簡単です。しかしそれは思考停止の第一歩なので、私は矛盾から逃げたくありません。考えた末に、矛盾を解消するには、すべての殺人を否定するしかない、という結論に到ったのです。
死刑は凶悪犯罪の抑止力にはなりません。現に、死刑があっても凶悪犯罪は起きてますから。すべての殺人を否定することのほうが、強力な抑止力になるのですが、このへんの話はまた回をあらためてするつもりです。それまでに、できれば死刑に関する以下の2冊をぜひ読んでおいてください。
森達也『死刑』角川文庫
読売新聞社会部『死刑』中公文庫