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パオロ・マッツァリーノ公式ブログ
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選挙の候補者全員に学力テストをやらせたい

 ナポリ3区の有権者のみなさま、こんにちは。新党アルデンテ代表のパオロ・マッツァリーノでございます。しなやかで芯のある政治を目指します。
 これまでもさまざまなマニフェストを発表してきましたが、本日ひさびさにご提案する新マニフェストが、こちら。

 選挙の立候補者全員に学力テストを課す。

 なんだ、そんなことかとおっしゃらず、アイデアを煮詰めてみましたので、まずは話を聞いてください。
 だって、みなさんウンザリしてるでしょ。国でも地方でも、政治家が不祥事を起こすたびに、なんでこんなバカが政治家やってるの? って思いますよね。もういいかげん、政治の世界からバカを一掃すべきだと願っているかたが多いのでは。
 バカが政治家をやってはいけないのか? 学力で政治家の資質を決めるのは差別ではないのか? などと愚問を並べるかたには、逆にお聞きします。なんで候補者はプロフィールに○○大学卒などと書くのですか。たいした学歴のない候補が、アメリカのわけわかんない大学に在籍したと詐称した例もありました。そこまでするのは、候補者のほうが、有権者に自分の知性をアピールしたがっている証拠です。
 でも学歴を示されるだけでは実際の知的レベルがわかりません。学力テストをやれば、候補者は自分の現在の実力を客観的に示せます。拒否するとしたら、それは自信がないからでしょう。

 学力テストの問題レベルですが、現行の義務教育、小中学校の国数理社英の内容でじゅうぶんだと思います。義務教育は、国民が最低限知っててほしい知識を教えるためのものなのだから、知らなくても政治はできる、なんて開き直ったら、義務教育の否定になってしまいます。
 テストは筆記式で行い、答案そのものをネットで誰でも閲覧できるように公開します。点数だけの公表だと、どういう誤答をしたのかわからないからです。昔めちゃイケでやってたように、バカはとてつもない誤答をするものです。
 なお、問題は現行の教育内容から出題します。「オレが習ったのとちがうよ~」っていいわけは通用しません。知識をつねに新しいものにアップデートしているかどうかも、重要なポイントですから。カビの生えた常識しかないひとに、最新の問題を解決することはできません。

 で、真剣にテストを受けてもらうためには、なんらかのペナルティ、足切りみたいなものも導入したいところです。たださすがに、何点以下のひとは立候補できない、みたいにすると、これはこれで民主主義国家の選挙としては問題があります。
 そこで私の提案なのですが、足切り基準に設定した○○点以下のひとは、政党の公認や推薦、応援、金銭的な支援を一切受けられないというペナルティはいかがでしょうか。

 みなさん問題の本質を取り違えていませんか。バカが政治家をやってるという事実は問題の本質ではありません。バカでも政党の力で政治家になれてしまうシステムこそが、諸悪の根源なのです。
 バカが無所属で自己資金による選挙運動をして当選したなら、そのバカ個人の資質が認められたことになります。このバカに政治を任せてみようと有権者が判断したのなら、それは尊重されてもいいのです。
 ところが実際には多くの有権者は、候補者個人の能力よりも、候補者の所属政党を重視して投票しています。バカだと知らずに投票しておいて、当選後に不祥事をやらかすと、なんだあいつあんなバカだったのか、ってことになるわけです。
 しかもいったんバカが政治家になってしまうと、政党は自分らの勢力を弱めたくないから、議員がバカをやってもかばい続けます。だからこそ、選挙のときにバカを公認・推薦させないことが重要になるのです。

 この方式を導入すれば、政党が票集めのために、おバカタレントやおバカアスリートをにわかに擁立することができなくなります。これだけでも実施する価値があると私なんかは思うのですけども。
 さらにもうひとつ、高齢議員の引退時期を見極めやすくなるメリットもあります。
 議員の定年制に反対するひとたちは、高齢だって能力があれば続けてもいいじゃないか、と主張します。たしかに正論です。でも、能力があるかどうかをどう判定するの? 学力テストをやれば、アタマがまだしっかりしているかどうかをある程度客観的に判断できますよね。

 というわけで、なんかもう、やらない理由が見当たりません。え? ただでさえ地方は議員のなり手がいなくて困ってるのに、そんな制度を導入したら誰も立候補しなくなる? ……やれやれ。
[ 2019/04/14 17:25 ] 未分類 | TB(-) | CM(-)

可もなく不可もなく地味で普通な令和

 こんにちは、パオロ・マッツァリーノです。令和、って最初に聞いた瞬間、おそらく多くのひとの正直な反応は、「……ん?」とか、「これ……なのか?」などと違和感をおぼえるものだったんじゃないですか。私もそうでした。でも一日経ったら、もう慣れたでしょ。
 なんでかというと、令和は可もなく不可もなく、地味で普通だからです。でも、元号はそれでいいんです。元号そのものに強い色やイメージや自己主張があってはいけないんです。

 新元号は何になるんだろう、とみんなが事前にむちゃくちゃ盛り上がり、期待値マックスで、ハロウィンの仮装パレードかなんかみたいに、どんなヤツが来るんだろ、と待ち構えてたところに、地味な「令和」がやってきたから、「……ん?」と肩すかしをくらったのです。
 でも元号って、発表されたからといって「イエーイ!」とかいうもんじゃないでしょ。サプライズを期待するのもおかしい。平成だって、最初聞いたときは、ふうん、くらいにしか思わなかったし、周囲でもそんな感じの受け止めかたでしたよ。
 これから数十年もの日常を過ごすにあたって、もうだれも元号のことなど気にしなくなります。書類に日付を記入するときに、あれ、今年令和何年だっけ? と思い出すくらいで。
 発表や改元直後は、元号はハレのものかもしれないけど、そのあとは長く使う日用品になるんです。だから華美なものや勇ましいものだと、日常では逆にうるさくなってしまいます。可もなく不可もなく地味で普通な令和は、みんなすぐに慣れるだろうから、元号にふさわしいんじゃないですか。
[ 2019/04/02 19:57 ] 未分類 | TB(-) | CM(-)
プロフィール

Author:パオロ・マッツァリーノ
イタリア生まれの日本文化史研究家、戯作者。公式プロフィールにはイタリアン大学日本文化研究科卒とあるが、大学自体の存在が未確認。父は九州男児で国際スパイ(もしくは某ハンバーガーチェーンの店舗清掃員)、母はナポリの花売り娘、弟はフィレンツェ在住の家具職人のはずだが、本人はイタリア語で話しかけられるとなぜか聞こえないふりをするらしい。ジャズと立ち食いそばが好き。

パオロの著作
偽善のトリセツ

歴史の「普通」ってなんですか?

世間を渡る読書術

会社苦いかしょっぱいか

みんなの道徳解体新書

日本人のための怒りかた講座

エラい人にはウソがある

昔はよかった病

日本文化史

偽善のすすめ

13歳からの反社会学(文庫)

ザ・世のなか力

怒る!日本文化論

日本列島プチ改造論(文庫)

パオロ・マッツァリーノの日本史漫談

コドモダマシ(文庫)

13歳からの反社会学

続・反社会学講座(文庫)

日本列島プチ改造論

コドモダマシ

反社会学講座(文庫)

つっこみ力

反社会学の不埒な研究報告