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山田太一の『岸辺のアルバム』は、やはりドラマ史上に残る名作でした

 こんにちは、パオロ・マッツァリーノです。先月ひと月だけ、U-NEXTを観てました。調べもののためだったのですが、それとはべつに、どんな作品があるかと探していたら、『岸辺のアルバム』が配信されてることに驚きました。
 1977年に放送され、テレビドラマ史上に残る名作として語り継がれている作品です。私がもっとも敬愛する脚本家、山田太一さんの作品だけにぜひ観たいと思ってたけど、観る機会がまったくなかったんです。放送局はTBSですが、地上波・BSともに私の知るかぎりではここ20年くらいのあいだに再放送されたことはないはずです。
 山田太一作品で名作とされる『男たちの旅路』はNHKBSで何度か再放送されてます。ただしこちらも放送されるのは第1部から第3部まで。なぜか第4部だけは放送も配信もされません。第4部には、障害者の生活と苦悩をテーマにした『車輪の一歩』という傑作があって、これだけはだいぶ前にBSで再放送されて私も観たのですが、近年はこれすら放送されなくなりました。障害者に関する描写がいまのコンプライアンスにひっかかるのか、たびたび刑事事件を起こした清水健太郎さんが出演してるからなのか……。

 そんなことより、『岸辺のアルバム』です。私、2、3年前にもU-NEXTに加入したことがあって、U-NEXTポイントを使うとNHKオンデマンドで配信されてる山田脚本、笠智衆主演の3部作『ながらえば』『冬構え』『今朝の秋』が観られることに感激したのですが、そのときは『岸辺のアルバム』はまだ配信されてなかったんです。
 笠智衆3部作も老人の悲哀をユーモアをまじえて描いた珠玉の作品です。でも『岸辺のアルバム』を観られたのは、それを上回る感激でした。
 いまだにその余韻に浸っていたところだったので、金曜日のニュースで山田太一さんが亡くなったと知ったときには、絶句してしまいました。

 しばらく前からかなり重い病気にかかってるらしいというウワサは流れてました。
 数年前、NHKBSの『アナザーストーリーズ』で多摩川水害を取りあげた回がありました。台風の豪雨によって堤防が決壊し、川沿いに建っていた民家が十数軒流されてしまうという、ショッキングな災害だったんです。このニュース映像はその後も繰り返し放送されてるので、50代以上の人ならみんな知ってるというくらいに有名な災害で、『岸辺のアルバム』はそれをモチーフにした作品なんです。
 『アナザーストーリーズ』では実際に流された家に住んでいた、当時中学生だった男性も証言してました。彼の家族のところに山田太一さんが取材に来たそうで、そのときに話したエピソードが実際にドラマでも使われたと話してたように記憶してます。
 その取材については、プロデューサーだった堀川とんこうさんが番組内で証言してました。山田太一さんご本人が話してくれれば貴重なインタビューになったはずですが、そのときには、すでにテレビ出演ができない病状だったのでしょう。

 最終回でマイホームが流されるというのは事実にもとづいてますが、それ以外のドラマ内容はすべて創作で、実際に家が流された家族とはなんの関係もありません。
 ドラマでは家族それぞれが抱える問題と秘密を丁寧に描いていき、終盤ではそれらが一気に発覚したことで家族に亀裂が生じ、最終的には家そのものが崩壊する象徴的な結末へ向かいます。
 70年代には一般的になっていた、いわゆる核家族。父(杉浦直樹)母(八千草薫)と大学生の娘(中田喜子)、受験生の息子(国広富之)の4人で暮らす、外から見る分には幸せな家族ですが、それぞれが重大な問題を抱えていて、そこに当時の世相、時代背景が巧みに盛り込まれてます。
 その世相の切り取りかたが、じつにうまい。人間と社会は不可分の関係にあり、誰もが社会からなんらかの影響を受けて生きてます。だから人間と社会をセットで描いてこそ、傑作ドラマになるのだと私は思ってます。社会性を無視して人間だけを描くこともできますが、それだと甘ったるい人情ものやロマンスで終わってしまいます。
 山田太一って人は、人間も社会も描ける点でずば抜けた才能を持った脚本家です。いま現役の脚本家でそれができるのは坂元裕二さんと野木亜紀子さんくらいじゃないでしょうか。

 八千草薫が演じた母親は、妻子のある男と不倫関係になります。でもそこに至るまでの過程がしっかりと描かれているので不快な印象は受けません。
 ドラマでは中盤に、母親の39歳の誕生日を祝うエピソードがあります。長女が20歳なので、母親は18、19歳で結婚して専業主婦になったわけですが、この時代にはそういう女性もけっこういたのです。
 夫は仕事漬けで家のことは妻に任せきり。20年間、子育てと家事に専念する機械のように生きてきたところに、「あなたは素敵だ」とイケメン(竹脇無我)からいい寄られ、ひとりの女性として扱ってもらえたら、よろめいてしまいますわな。

 夫が勤めるのが繊維機械の会社という設定もじつにうまい。繊維産業は戦後の日本経済を牽引した産業のひとつでした。だから若くしてマイホームを購入できるくらいの給料をもらえてたのですが、このころになると安い海外製品に押されて斜陽産業になってました。会社の業績不振をカバーするために武器を作ったり、あげくの果てには、工場労働者の名目で東南アジアから連れてきた女性たちを性風俗産業に売る裏社会の手助けまでするようになります。

 長女は交際していたアメリカ人に裏切られ、その友人にレイプされ妊娠してしまいます。親に隠れて堕胎手術をするために、弟の担任教師だった男性に相談するのですが、その教師役が津川雅彦。晩年の恰幅のいい老人イメージしか知らない若いかたは、凄くスリムな津川さんにビックリすると思います。古い映画などを観ればわかりますが、若いころの津川さんは痩せてたんですよね。

 がんばって働いたお父さんが郊外にマイホームを建てて一国一城の主になるというのは、当時からサラリーマンの夢でした。避難命令が出ていったんは学校に避難するものの、父親が家に戻って、オレはここに残る、この家を守るんだと沈みゆく船の船長みたいなことをいい出すのも説得力があります。
 家族みんなの思い出が詰まった家にさよならをいい、目の前で流されていくのを一家でぼう然と見守るシーンは衝撃的です。

 これだけの怒濤の展開が続くドラマなのに、不思議と全体のテンポはゆったりしてるんです。主題歌のジャニス・イアン「ウィル・ユー・ダンス」のゆったりした曲調がドラマの雰囲気にぴったりで、誰が選んだか知らないけど、この曲を主題歌に選んだ人のセンスも素晴らしい。
 全15話と長いからなのか、それともこれも時代性の反映なのでしょうか。むかしの人はしゃかりきに働き、生き急いでたイメージがありますが、いまから思うと、携帯電話もパソコンもなかった時代のほうが案外、ゆったりと生きてたのかもしれないなあ、なんて考えてしまいました。
[ 2023/12/03 20:35 ] 未分類 | TB(-) | CM(-)
プロフィール

Author:パオロ・マッツァリーノ
イタリア生まれの日本文化史研究家、戯作者。公式プロフィールにはイタリアン大学日本文化研究科卒とあるが、大学自体の存在が未確認。父は九州男児で国際スパイ(もしくは某ハンバーガーチェーンの店舗清掃員)、母はナポリの花売り娘、弟はフィレンツェ在住の家具職人のはずだが、本人はイタリア語で話しかけられるとなぜか聞こえないふりをするらしい。ジャズと立ち食いそばが好き。

パオロの著作
つっこみ力

読むワイドショー

思考の憑きもの

サラリーマン生態100年史

偽善のトリセツ

歴史の「普通」ってなんですか?

世間を渡る読書術

会社苦いかしょっぱいか

みんなの道徳解体新書

日本人のための怒りかた講座

エラい人にはウソがある

昔はよかった病

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13歳からの反社会学(文庫)

ザ・世のなか力

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コドモダマシ(文庫)

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続・反社会学講座(文庫)

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反社会学の不埒な研究報告