こんにちは、パオロ・マッツァリーノです。
たびたび国会図書館を利用するのですが、ひとつだけ、わけのわからないサービスがあるんです。
国会図書館は、私物をロッカーに入れ、筆記用具などのみを持って入館する方式をとってます。
ロッカールームの狭い通路には細長いテーブルが何台か置いてあり、そこにカバンなどを載せて必要なものをロッカーに出し入れする作業台として使います。利用者も多いので、時間帯によってはロッカールームがけっこう混みます。一台のテーブルで同時に3人、譲り合って使えば4人くらいがカバンを置ける――はずだったのですが、2年くらい前からでしょうか、このテーブルに奇妙な物体が置かれるようになりました。
小さいタッパーみたいな容器にメモ用紙が入ってます。この紙は、ロッカー番号を記入するために使う専用のメモ用紙なんです。
それになんの意味があるの? ええ、私も最初、そう思いました。ロッカーの鍵には通常のコインロッカー同様、プラスチックのタグがついていて、そこにロッカー番号がくっきりはっきりと書かれているんですよ。その上なんで、ロッカー番号を別の紙に記入して持ち歩く必要があるのか? 私は何十回と通ってるけど、この用紙を利用している人をいまだに見たことがありません。
困るのは、この容器が場所をとっているせいで、ただでさえ狭いテーブルがさらに狭くなってしまったことなんです。メモ用紙が入った容器が鎮座ましましてるために、同時にカバンを置ける人数が減ってしまいました。
こういうとき、従順な日本人はシステムに順応しようとします。たとえ容器がジャマだなあと思っても、メモの容器をよけてカバンを置くんです。
私はこういう利用者無視の不便・不合理なシステムにイラッとくるので、メモの容器をひょいとつまんで、ロッカーの上やとなりのテーブルのはじに置いたりして、自分のカバンを置くスペースを確保してました。
ところが私のそういう行為は、国家機関が特設したシステムに対する反逆とみなされたようで、いつのころからか、容器が両面テープでテーブルにべったりと貼り付けられるようになりました。お上が下賜したありがたいメモ用紙を、平民が許可なく移動することはまかりならぬ! というメッセージなのでしょうか。
さすがにアタマに来たので、係員に詰め寄りました。あのじゃまなメモの容器があるせいで、利用者がカバンを置く場所が狭くなって不便なんです。だれもあのメモを使ってる様子はありません。いったい、だれがなんのために必要としているのですか?
係員から返ってきたのは驚くべき答えでした。あのメモは、ロッカーの鍵を紛失したときに、番号がわかるようにするためのものです。
なるほどー、そいつはスゴい発明だ――って、ちょっと待ってくださいよ。ロッカーの鍵を紛失する事例はそんなにたくさんあるのですか? あのメモ用紙によって救われたケースが年間にどれだけあったのですか? そう質問すると、係員はわからないといいました。わからないくらいだから、ほとんどないってことでしょう。
しかも、ロッカーの鍵をなくしてしまうのはその人の過失、それこそ自己責任です。なんでそんなまれな失敗例を予防・救済するために、多くの利用者が不便な思いをガマンしなければいけないのですか。もしも鍵をなくすのがそんなに心配なら、自分のノートや手帳の隅にでもロッカー番号をメモしておけば済む話でしょ。あるいは、銭湯のロッカーの鍵みたいにびよーんと伸びるカールコードをつけて手首にはめられるようにすれば絶対なくしませんよ。
さすがにそこまでいうとふざけたアイデアに思われるので、実行可能な改善案を提案しました。どうしてもメモを提供したいのなら、テーブルに置かないでほしい。天井からヒモで吊すとか、壁に取り付けるとか、ジャマにならない方法はいくらでもあるじゃない。
すると係員は、上にいっておきます、といいましたが、私の提案は通らず、いまだにだれも使わないメモ用紙の容器は、各テーブルに置かれています。さすがに両面テープで貼るのはやめましたので、ジャマなら移動はできますが、図書館の「上の人」は、この画期的な利用者サービスを全力で継続するつもりのようです。これが功績として評価されると、定年後に勲章でももらえるのでしょうか。
[ 2015/06/24 17:36 ]
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