こんにちは、パオロ・マッツァリーノです。年末年始をまたいでだいぶ間が空いてしまいましたが、2017年のよかったもの、の続きです。
2017年に観た映像作品で印象に残ったのはメジャーなものばかりだったので、ここはあえて、世間からスルーされてるものを取りあげましょう。『オジンオズボーンが17年やってきた!ワァ!ワァ!ワァ!』。
「みきしみきし、いじーしんてぃ」と、すべて「い行」で『桃太郎』をしゃべるネタはご存じのかたもいるのでは。DVDにはその『大きなカブ』バージョンが収録されてます。かなり長尺のネタなのでテレビのネタ番組では披露できそうもありませんが、これが『桃太郎』を越える出来。大きなカブを抜こうとがんばるおじいさんのところに、元の童話には登場しないチンパンジーや借金取りなどが次々にやってきて収拾がつかなくなる展開に、腹筋痛くなるほど笑いました。
残念だったのは、おすすめしたくなるような活字本と出逢えなかったこと。でも、マンガで秀作がいくつかありました。
『僕だけがいない街』
先に実写版映画で観たときの感想が、「もったいないな」。せっかくおもしろくなりそうな話なのに矛盾と消化不良ばかりが目立ちます。原作マンガの評判は耳にしていたので、こんなはずはないと原作を読んでみたら案の定、オールタイム級の傑作でした。
映画の失敗の原因は、長い話を2時間にむりやり縮めたことがひとつ。もうひとつは、原作マンガは小学生時代がメインなのに、映画は藤原竜也さんを主演に据えてる関係で、過去と現在を無意味に行き来させて現在のシーンを増やしたこと。そのせいで余計な矛盾が増えてしまいました。
さて、私は以前『君の名は。』のレビューで、過去に戻って死者をよみがえらせる安易な設定を批判しました。『僕だけがいない街』も、何者かに殺された母親と同級生を救うため、主人公が小学生時代にタイムリープする話なんです(意識と記憶はオトナのままで身体がこども)。
じゃあなんでこの2作の評価が正反対なのか。過去を改変する話は必ずどこかで矛盾と破綻が生じます。その欠点を忘れさせるためには、説得力ある丁寧な描写を積み重ねる作業が不可欠です。『君の名は。』(『僕だけが』の映画版も)はそこが不十分だから疑問と不満が溜まっていくんです。
原作マンガをぜひ読んでいただきたいので、極力ネタバレを避けてあいまいに説明しますが、この作品はざっくりいうと二部構成で、小学生に戻った主人公が同級生を連続児童殺人から救うべく何度も試行錯誤するのが一部。二部ではオトナになった彼らが真犯人と対決するのですが、小学生時代の丁寧な描写がここで効いてきて、読者は自然に感情移入できるんです。
もうひとつの決定的な違いはエンディング。映画のラストはかなりシラケます。原作は、最後の1ページですべてがつながる見事な幕引きです。
『ふらいんぐうぃっち』
日常と怪異が互いを侵食することなく平和共存しているほのぼのした世界観が素敵。舞台が青森なので、道に生えてるバッケを摘んできて天ぷらにして食べるだけの話とか。でもそうやって油断してるところにときたまポロッとギャグを差し込んでくるから、つい笑ってしまうんです。
『プラチナエンド』
この作品には否定的な意見も多いようですが、単純な勧善懲悪の話でしかカタルシスを得られないのはお子様ですよ。主人公に「人を殺せない」という縛りを設けた作者のチャレンジ精神を私は高く評価します。人を殺せない優しい主人公と、殺しを厭わない凶悪な敵。圧倒的に不利な状況をどうやって切り抜けるのか。最新刊は未読ですが、いまのところかなり成功してると思います。
[ 2018/01/10 19:54 ]
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