こんにちは、パオロ・マッツァリーノです。呉座勇一さんは『陰謀の日本中世史』で、陰謀はほとんど成立しないといってます。陰謀に関わる人間の数が増えるにしたがって情報が流出する可能性も高まるので、陰謀は企んだとしてもたいていバレて失敗するものだと。
その実例が、なんとつい最近起きました。愛知県知事のリコール運動で署名が大量に偽造されたことがバレて、事務局長や関係者が逮捕されたのです。
みなさんすでにご存じとは思いますが、なんでみんなもっと喜ばないのですか? 興奮しないのですか? われわれは、違法な手段で政治を変えようと画策した陰謀がバレて失敗した実例をこの目で見られる幸運に恵まれたのですよ。貴重な歴史の瞬間に立ち会えたことを、もっと喜びましょうよ。
地上波のテレビドキュメンタリーは早朝・深夜に追いやられてしまったので、私は番組表でタイトルだけチェックして興味があるものは録画しておきます。
先日、東京では6月13日の早朝に放送された、名古屋のメーテレ製作の『民意偽造』。番組表で見たときは、署名偽造の経緯をおおまかに取材したものだろうと思ってたけど、実際に観たら違いました。なんと、逮捕前の田中事務局長に記者が密着取材して本人から言葉を引き出している、「裏情熱大陸」とでもいうべき人間ドキュメンタリーの秀作だったのです。
逮捕される直前まで撮影してるんです。取材攻勢を避けるために車中泊やホテル暮らしを続けていた田中さんですが、なぜかメーテレの密着だけは受けて自分の人生観や政治観を語ってるところに、自己顕示欲を抑えきれない人間の業がにじみ出ていておもしろい。
メーテレの取材記者も泳がせかたがうまいんです。最初から罪を暴いてやるぞみたいに迫るのでなく、相手のしゃべりたいことをしゃべらせてます。
ある朝、ホテルの一室で、窓の外の景色を眺めながら家族のことなどをしみじみ語っていたときに、部屋のドアをノックする音がします。ドアを開けると、
「おはようございます。警察です」
田中さんは一瞬驚いたものの、着替えていいですか、などといって、わりと冷静に対処しているところで撮影は止まります。
警察の逮捕って、あんなフレンドリーな感じで来るんですね。
署名活動の期間中、事務局は署名がどれくらい集まったかの途中報告を一切しなかったそうです。地元のみなさんは、その時点で何か怪しいなと感づいてたのだとか。
2020年11月3日、高須院長らを招いて最終的な集計作業をする様子だけが報道陣に公開されました。
その作業をしてる部屋の隅には、署名された用紙が入れられてたと思われるダンボール箱が積み上げられてるのですが、箱には赤のマジックで「完成品」「完成品(予備)」などと書かれているのが、ばっちり映像に撮られてました。
普通、署名用紙を入れた箱に完成品とは書きませんよねえ。しかも「予備」ってなによ(笑)。こういう証拠を隠すのを忘れるあたりが、なんとも脇のあまい陰謀です。
この映像を見せて、どういうことかと質問する記者に田中さんがしどろもどろな答えを返すシーンも必見。陰謀がバレたときの人間の素の反応なんて、めったに観られるもんじゃありませんから、役者のみなさんも参考になるのでは。
署名偽造の事実があったことを認めたあと、逮捕の数日前だと思われますが、車で移動中に記者がズバリ、聞きます。「どこで道を間違えたんですかね?」
すると田中さんは笑いながら、オレ、間違えたかな? 間違えてないと思うなあ。
全体的にいえるのですが、田中さんがムリに演技をしてる様子は見られず、自然に受け答えをしています。そこが逆にコワいんです。田中さんのようなひとたちは、自分の正義に疑いを持ちません。自分らの信念・目的は崇高で絶対に正しいと信じているから、目的が手段を正当化すると考えてしまうのです。だからどんな違法な手段、卑怯な手段を用いても、自分たちが望む結果になりさえすれば、正義が実現できたと満足してしまいます。そんな自分勝手な正義がはびこれば、いずれ民主主義は死にます。
番組では、田中さんの逮捕後に、高須院長に電話取材をしているのですが、「彼ははじめから自分は真っ黒で逮捕されるといってたから、やっと逮捕されたのかと受け止めるだけ。なんの関心もありません」なんて答えてます。
ずいぶん冷たいじゃないの、高須さん。あなたに心酔し、高須新党を立ち上げたいと夢を語っていた田中さんを、逮捕された途端にトカゲのしっぽ切りですか。保守ってのは、情にあつく、仲間を見捨てないことを誇るひとたちではなかったのですか?
いろんな意味で人間の業にあふれてる、みどころ満載のドキュメンタリーなので30分番組ではもったいない。素材はまだあるだろうから、60分バージョンに編集し直して全国放送のゴールデンタイムでぜひ再放送を。
[ 2021/06/17 17:51 ]
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