こんにちは、パオロ・マッツァリーノです。私の書き下ろし最新刊『思考の憑きもの』は、クリティカルシンキングの実践を軸とした思考をテーマとしています。『教職研修』2月号の連載記事でも、思考を取りあげました。
『教職研修』に書いたのは、「自分のアタマで考えよう」なんて無責任なメソッドを広めるのはやめてほしい、という記事です。
当ブログでも思考について、お話ししておきます。
で、先におことわりしておきます。長年いろいろ考えてきた私にとってはあたりまえのことでも、キビシい指摘ととらえる人もいるかもしれません。
ホントは、あまりキビシいことはいいたくないんです。こちらとしては、思考力がないのに自信過剰なバカを牽制したいだけなのですが、キビシい指摘をされると、バカはますますいきり立ちます。その一方で、まともでマジメな人ほど、キビシい指摘に萎縮しやすい。ヘタな感想を書いたらパオロに怒られそうだからやめとこう……と、意見をいわなくなってしまう。それは私の本意ではないんですよ。
デタラメな批判レビューに激怒して猛烈に反論する著者もいるなかで、私はもの書きのなかでは穏健派だと思います。
これまで十数冊の著書を出版し、多くの賛否の意見が寄せられましたし、ネット上にも多くのレビューがあります。批判のなかには的外れなものもかなり多く、私も人間だから腹は立ちます。でも困ったことに「賛」の意見のほうにもまれに、的外れなものがあるんです。
だけど人情として、ほめてくれた人に、あなた誤読してますよ、とはいいにくい。そんなわけで、賛否どちらにも反応しないようにしています。もちろん私が間違ってる場合もあるので、ネット上の意見もときどき検索し、賛であれ否であれ、目は通すようにしています。何を書かれてもそんなに怒ることはないので、萎縮せず感想などは自由に書いてください。
ただ、私に対してだけでなくネットでも現実社会でも、間違った論理思考による的外れな批判や、本質をとらえずに枝葉末節に噛みついて都合よく否定してるだけの例があまりにも多いんです。思考や論理がすべてじゃない、感情も大切だ、ってのは正論ですが、その正論をいう資格があるのは、まともな思考ができる人だけです。
言論の自由がある社会では、デタラメな意見をなくすことは不可能です。だとしたら、まともな意見を増やすことで対抗するしかありません。まともな意見を主張するのを遠慮する人が増えるほど、デタラメが幅をきかすようになってしまいます。
それが顕著に見られるのが政治分野です。政治と宗教のことは話すべきじゃない、なんてタブーがいつのまにか常識のようになってます。でもそのタブーにはなんの根拠もありません。私の調べでは、1950年代に西洋のマナーを紹介する本で、食事の席での会話マナーとされてたものが、60年代に拡大解釈されて広まった可能性が高く、いうなれば俗説、都市伝説の一種です。
政治と宗教は人を救うこともできますが、いとも簡単に人を殺すこともできます。批判なしに政治を信じるのは、大変危険です。
政治のような重要なテーマこそ、問題点をオープンにして話しあわなければいけないのに、タブーにするから議論もされず、それぞれが信じたいものだけを信じ、ますます分断が深まっていく。それがいまの世界じゃないですか。
そんなわけで私は『思考の憑きもの』で、炎上を恐れて敬遠されがちな政治問題とその歴史的背景もタブーとせず、他のテーマと同様に、イチから調べてわかった知られざる事実をたくさんお伝えしています。
ということで、本題に入ろうと思うのですが、前置きだけで長くなってしまったので2回に分けて掲載します。
できれば『思考の憑きもの』も読んでいただくことで、私の考えをより深く、具体的にわかっていただけるはずです。
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あ~あ、毎日メシ食って寝てるだけで、いつのまにか大リーグのホームラン王になってねえかなあ、なんて、ずんの飯尾さんのネタみたいなことを本気で考えてる人はいませんよね。野球がうまくなるには練習を日々積み重ねるしかないと、誰もがわかってます。
なのに思考に関しては、メシ食って寝てるだけでいつのまにか身についたと思ってませんか? あなたは高校や大学で徹底的な思考訓練を受けたのですか? 日本の高校や大学でそれをやってるところはほとんどないはずです。
意識的に学習と訓練を積み重ねないかぎり、正しい思考は身につきません。しかも思考というものは単体ではほぼ無意味です。読解力と情報収集能力をともなって、はじめてまともに機能します。さらに、自分の思考を他人に正しく伝えるためには、表現力も必要になります。
きちんと思考するのは相当大変なのに、自分を思考の大リーガーだとカン違いしてる人は大勢います。
えっ、じゃあ自分はこれまで何も思考せずに生きてきたってことなのか? 急に不安になったあなた、ご心配なく。人間は思考しなくても、常識とかにしたがっていれば生きられますから。それは他人のアタマで考えてるわけですが、必ずしもそれが全部ダメってことでもないんです。
まともな思考力を持たない人がいくら自分のアタマで考えたところで正解は導き出せません。自分勝手な妄想をひねり出し、それを正解だと信じるだけです。これ、けっこう危険です。他人のまともな考えにしたがったほうがいい場合もあります。
個人で無差別テロを起こす人間は、誰かに命令されたわけじゃなく、自分のアタマで考えて実行してるんです。
もしも友人から「オレ、無差別テロをやるつもりなんだ」と相談されたら、「やめな」と止めますよね。「やるかどうかは自分のアタマで考えろ」なんて無責任なアドバイスはしないでしょ。ゆがんだ思考に取り憑かれてる人に、自分のアタマで考えよう、なんて勧めたら、とんでもないことをしでかします。
自分のアタマか他人のアタマかは、本質的な問題ではありません。重要なのは、その考えが正しい根拠にもとづいているかどうかですから。
料理をするには材料とスキル(料理の腕前)が必要です。いい食材を用意しても、腕がない者が調理したら、せっかくのおいしい食材を台無しにしかねません。逆に、どんなに優秀な料理人でも、食材がなければ料理は作れません。食材を選ぶ目も重要です。腐った食材で作った料理を誰かに食べさせたら、死ぬかもしれませんよ。
思考も同じです。正しい材料と正しいスキルがなければまともな思考はできません。材料がないのにかっこよく鍋をふって料理をするマネをしたところで、それはエアギターならぬエア料理でしかありません。材料なしにいくら思考をしても、それは無意味なエア思考。
私がトロッコ問題を批判したのは、トロッコ問題をありがたがってる人の多くがエア思考でカッコつけてるだけの哲学小僧だからです。彼らは意味ありげなことをいってるけど、何も考えてないし、何も調べてない。だから私は『思考の憑きもの』で、トロッコ問題をイチから調べて考えるとこうなるよ、という実践例をお見せしたのです。
思考に必要な材料は「事実」です。デマやウソや偏見を材料にして思考するのがいかに危険であるかは想像がつくはずです。災害の直後にデマを鵜呑みにした言説が広まったことで、多くの人々のいのちが失われた例は、実際に起きてます。
しかし見過ごされている危険な材料がもうひとつあります。それは「真実」です。こないだ始まったドラマ『ミステリと言う勿れ』でも初回で主人公が刑事にいってました。事実と真実はまったくの別物で、真実は人の数だけあるのだと。その通り。「真実はいつもひとつ!」と毎週元気よく断言してるコナンくん、きみは間違ってますよ。
これも『思考の憑きもの』に書きましたけど、『○○の真実』という書名の本は日本でこれまで4000冊以上出版されてますが、『○○の事実』という本は280冊くらいしかありません。
事実よりも真実のほうが圧倒的に好まれているのです。なぜでしょう? それは、真実のほうがドラマチックだから。
「真実とは……永遠のロマンなのだよ!」
事実はひとつだけど真実は人の数だけある。なぜそうなるかというと、真実はそれぞれの個人による「解釈」だからです。事実を脚色してドラマチックに解釈したもの、それが「真実」なのです。
本の内容の正確さに自信があるのなら、書名は『○○の事実』でいいはずです。なのにわざわざ「真実」としたがるのは、他の連中はウソばかりついてるからダマされるな、私だけが本当のことをいってるのだ! とドラマチックに印象づけたいからです。
問題なのは、その真実が事実であるという保証がないことです。
何かが事実であると主張するためには根拠が必要です。でも真実は、その人が正しいと信じていればそれが真実になっちゃうんです。事実は反証されたら事実でないことを認めなければなりません。でも真実は個人の解釈なので、批判されてもヘリクツと詭弁で正当化し続けることができます。自分の間違いを認めたくない人にとって、真実は永遠のロマンです。
安易に真実なんて言葉を使う人を、私はまったく信用してません。自分の主張がどのような「事実」にもとづいているのか、本来は書き手にその説明責任があるのに、「真実」を語る人たちは、説明責任をサボり、読者に丸投げしてます。だから読者が読解力と情報調査力を使って読み解かなければならないのです。
めんどくさいよねえ。事実を読み解く能力なんて自分にはないよ、と落ち込んでるあなたに、絶対ではないけれど、ある程度使える目安を教えます。『○○の真実』という本の巻末に、参考文献一覧が掲載されているかどうかを確認してください。もしくは本文中で、主張の根拠とした参考資料やデータをあきらかにしながら論を進めているかどうか。そのどちらもない場合、その本は著者の主観、物語、ロマンにすぎないので鵜呑みにしないほうがいいです。
つづきは近日中に公開します。
[ 2022/02/01 17:46 ]
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