こんにちは、パオロ・マッツァリーノです。テレビもパソコンもゲーム機も、けっこう熱を出すから室温が上がります。なので熱を出さない紙の本を読もうってわけで、近ごろは家に積んであった本や、図書館で借りた本を読んでます。最近読んだなかからおすすめを1冊ご紹介しましょう。
『ポピュリズムとは何か』ヤン=ヴェルナー・ミュラー 板橋拓己訳 岩波書店
近年、社会の分断と呼ばれる現象は、ポピュリズムを支持する者と批判する者とのあいだに起きているといっても過言ではありません。この分断がなかなか埋まらないのは、ポピュリズムが持つ強烈な排他性にあることはあきらかです。論理的に考えようとせず、すべての正誤や善悪を最初から決めつけてしまってる人たちとは、まともな議論なんてできません。
ですから現代の世界情勢を読み解くのにポピュリズムの理解が不可欠なはずですが、こいつがなかなかやっかいです。ポピュリズムが持つ独善性(自分だけが絶対正しいとする信念)は民主主義の理念に反するものなのですが、ポピュリズム政党や政府も、自分たちは民主主義だ、いや、自分たちこそが正しい民主主義なのだと主張して、反対派の弾圧を正当化します。てか、反対派を弾圧するのは民主主義じゃないんだけどね。
ポピュリズムを論じた本をこれまで何冊か読んできたのですが、どれも芯を食ってない印象がぬぐえません。そんななか、このミュラーさんの著作がもっとも的確に現実を説明できてました。
この本がアメリカで出版されたのが2016年ですから、その後のトランプ政権下のアメリカで起きた状況によって、ミュラーさんの分析の正しさが証明されたといってもいいでしょう。アマゾンのレビューを見ると、図星を突かれたポピュリストたちが、悲鳴を上げて星ひとつの酷評をして、必死に評価を下げようとあがいてます。
その手の批判的なレビュアーは、自分の読解力のつたなさを棚に上げ、訳が悪い、文章が難しくてわからないなどと内容と関係ないところに難癖つけてます。でもポピュリズムという複雑怪奇な現象を解きほぐすのだから、ある程度説明が難しくなるのは仕方がないところです。
たしかにマジメで文章も堅いけど、私はそれほど訳がヘンだとは感じなかったし、難解な部類に入る本でもないと思いますけどね。もっと難解でぶ厚い人文書、思想書、専門書はたくさんあります。もし、大学生でこの本が難しくて読めないという人がいたら、その人は大学の大半の授業についていけないと思いますよ。
「ポピュリズムとは、ある特定の政治の道徳主義的な想像であり、道徳的に純粋で完全に統一された人民と、腐敗しているか、何らかのかたちで道徳的に劣っているとされたエリートとを対置するように政治世界を認識する方法である」
というのが、ミュラーさんによるポピュリズムの基本的定義なのですが、どうです? ちょっと難しいかな? まあ、ここだけ抜き出すと難しく感じるかもしれませんが、前後にちゃんと説明の文脈があるので、じっくり読んでいけば論旨は理解できるはず。しかもご親切なことに、巻末に要点をまとめてくれてたりもしますので、先にそのまとめを読んでから本文を読みはじめるのもいいでしょう。
ポピュリストは多様性を嫌う。
ポピュリストは自分たちを「真の人民」だと主張し、価値観の異なる者を排除する。
右派ポピュリズム政党に投票する人たちは、政治家のスキャンダルや汚職が発覚してもまったく気にせず支持を続ける。
高学歴の人間にもポピュリズムの支持者がいる。
ポピュリストは憲法を改正したがる。
陰謀論はポピュリズム自体のロジックに根ざしたものである。
こんなさまざまな特徴について、それがどういった行動原理にもとづくものなのかを解き明かします。日本の状況に当てはめられるものも多いです。
道徳と陰謀論が結びついてるところが恐ろしいですね。以前にも申しましたが、私は陰謀論を甘やかすのをやめました。陰謀論はおもしろがってりゃいいじゃん、と容認してきたのですが、もうそんなレベルじゃないんです。本気で信じた連中が、暴力や政治力ですべての人に信じることを強制し始めてます。
実際アメリカでは陰謀論を信じたポピュリストがまったく無関係の人間を殺す事件が何件も起きてます。選挙で負けると、陰謀があったからだと主張し、暴力で結果を覆そうとしてました。
この本では触れてないけど私から補足させてもらうと、ポピュリストは歴史の改変もしたがります。アメリカのテキサス州などでは、黒人が奴隷として連れてこられた事実が書いてない歴史教科書が採用されていると聞いて驚きました。黒人は自分の意志でアメリカにやってきた移民だと教えてるんです。過去に白人がヒドいことをしたと教えると、白人のこどもたちが傷つくから、だそうです。
ふざけんな、って感じですけど、トランプは大統領令でこの教育法を推進するよう命じました。
現実に即して分析してる本だけに、ポピュリズムをやっつける特効薬みたいなものはないという現実的な結論にがっかりしますけど、それでも対話を続けるべきだとミュラーさんは説きます。
このままだと、論理的思考や科学的メソッドがますます軽視され、思考の欠如を信仰や信念で代替してしまう人が増える一方です。なぜなら、考えずに信じたほうがラクだからです。都合の悪いことはフェイクニュースと決めつけ、意見が異なる他人を非国民、悪魔と決めつけて攻撃するほうがラクだからです。
ちょっと難しいかもしれないけど、分断と混沌の時代を長く生きなければならない若い人たちにこそ、この本を読んで、考えてほしいのです。
[ 2022/08/09 19:19 ]
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