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他人事の反意語は自分事ではない

 こんにちは、パオロ・マッツァリーノです。いま引っ越しの準備中なもので、ブログやツイッターをあまり更新できてません。本日は久々の長文になります。
 そんななかでもテレビはそれなりに観てます。まずは夏の地上波ドラマの評価ですが、序盤の印象そのままに、イチオシだった『初恋の悪魔』がダントツでした。

 この夏は1年ぶりにネットフリックスに入ってました。私の動画配信の利用法は、観たい作品がたまったら入会して、1か月でやめるというやりかたです。
 今回のネットフリックスのお目当ては『アンブレラアカデミー』シーズン3と『劇場版ヴァイオレットエヴァーガーデン』だったのですが……。
 『アンブレラ』はシーズン1が最高でだんだん盛り下がってきてるけど、まだ許容範囲。でもずるずる引き延ばすのは見苦しいので、次のシーズンあたりで思い切って大団円にしてほしいですね。
 『ヴァイオレット』はテレビシリーズの出来が素晴らしすぎたからでしょうか、劇場版は良くいえばファンへのボーナス、悪くいえば蛇足でしかない感じでした。

 そんななか、予想外の拾いものだったのが『新聞記者』のドラマ版。
 数年前に公開された映画版を、同じ監督が連ドラ(といっても全6話のミニシリーズですが)にリメイクし、ネットフリックスで配信されたものです。
 じつは私、映画版のほうは最初の20分くらいでおもしろくなりそうな気配がまったく感じられなかったので、そこで観るのをやめてしまいました。だから結末とかは知りません。
 映画版では、森友問題を題材にした政治批判色の強い内容のため炎上などを恐れて日本人の女優さんが引き受けてくれず、主演が韓国の女優さんになったと聞いてたので、ネットフリックスのドラマ版では米倉涼子さんが主役を引き受けたということに興味を持ってたんです。
 とはいえ映画版がアレでしたから、さほど期待せずに観たところ、ドラマ版は映画とはまったくの別物。政治批判ドラマと思われがちですが、むしろ、組織に翻弄される個人の悲劇を描いた群像劇として秀逸な作品です。
 不正改ざんを強いられたことで精神を病んでしまい自殺する役人を演じたのは吉岡秀隆さん。表情や目の演技が大げさすぎるだろ、と最初は苦笑してたのですが、だんだん、本当にこころが壊れてしまった人はこんな目をするのかもしれないなと、うすら寒くなってきました。
 一方の米倉さんは、ときおり怒りをあらわにするものの、基本的には終始抑えた演技。主演だけど『ドクターX』みたいな目立ちかたはせず、群像劇を回す役割に徹してる感じで、これはこれで悪くない演技方針です。

 この作品にはもうひとつ、重要なメッセージが込められてます。それは「すべてのことは他人事(ひとごと)ではない」というもの。
 最近「自分事」って言葉をやたらと耳にするようになって、それ、なんか違うんじゃない? と私は違和感をおぼえてきました。
 「他人事だと思っちゃいけない」みたいに、他人事という無関心な態度を批判する言い回しが、むかしからある自然な日本語表現です。ところが最近は、「自分事だと思って考えてほしい」みたいな不自然な表現での呼びかけが増えました。
 おそらく「他人事」の反意語・反義語として使ってるつもりなのだろうけど、他人事の反意語は自分事ではありません。「我が事(わがこと)」だ、という指摘もありましたけど、それもちょっと違います。
 『青空文庫』で検索してみればはっきりします。「他人事」は数え切れないほど多くの作品で使われてます。しかし「我が事」が使われてる作品は20くらいしかないし、「自分事」に到ってはたったの5作品。つまり、我が事も自分事も、めったに使われない特殊な日本語なんです。
 他人事という言葉の反意語は存在しないのです。強いていうなら、他人事の反対は「すべてのこと」となります。仏教の縁や因果みたいな概念に通じるのかもしれませんが、すべてのことは自分とどこかでうっすらとつながっている。あなたの行為も、必ずどこかの誰かに何らかの影響をうっすらと与えている。だからまったく自分と無関係の物事なんてないんだよ、他人事ではないんだよ、という倫理観、世界観が古来から日本にはあります。
 これは理念だけの話じゃありません。現実に、日本から遠く離れた国で起きた戦争が、日本人の庶民生活にも影響を及ぼしてるじゃないですか。よのなかって、そういうもんなんですよ。
 他人事の反意語がすべてのことだといっても、それは、自分と世界はつながっているという意識を持っていてほしいというだけのことであって、すべてのことに関わりを持たなきゃいけないという意味ではありません。
 たとえば、最近こどもが川や用水路に落ちて亡くなる事故が相次ぎました。私はそれを聞くと、なんてこった、と悲しくなるし、こどもにとって川は危険な場所であることを周知しなきゃいけないな、と思います。それは、私がこどもの事故を他人事とは思ってないからです。
 しかし、こどもがいない私にとって、それは「自分事」にはなり得ません。自分事として考えることは不可能だし、自分事だといったらウソになります。
 「自分事として考えよう」みたいな表現は、不可能を強要する同調圧力になりかねないので、私は自分事という表現に違和感をおぼえるのです。
 「他人事」だと世界と自分の距離が遠すぎる。「自分事」だと世界と自分の距離が近すぎる。「他人事ではない」というむかしからある否定表現は、すべては自分と無関係ではないという意識を持てと諭しつつも、行動を強制するあつかましさはありません。これこそが絶妙な加減をあらわす優れた表現なのです。

 説明が長くなりました。ドラマのレビューに戻ります。最初、新聞配達のバイトをする大学生(横浜流星)のエピソードはなんなんだ? と思うわけですよ。彼は新聞配達の奨学金で大学に通ってるのに新聞を読まない、社会問題に関心がない、よくいるタイプの若者です。バイト仲間の女子大生(小野花梨)から、新聞くらい読まなきゃダメだよみたいなことをいつもいわれてるんです。そういういまどきの若者をステレオタイプに描くだけのサブストーリーなのかと思いきや、これがメインストーリーと深く関わってきます。
 べつにネタバレってほどのことでもないのでいってしまいますが、この大学生は、自殺した役人の甥っ子なんです。優しかったおじさんが自殺に追い込まれたと知り、突如として彼は当事者になります。彼にとって社会問題は他人事ではなくなるわけです。
 取材に来た米倉さん演じる新聞記者と交流を重ねることで、なんの目標もなく生きていた彼は、不条理な社会システムのなかで苦しんでる人々の姿を多くの人に伝えたいと考えるようになり、新聞記者を目指し、新聞社に就職するんです。
 バイト仲間の女子大生は就職活動で連敗を重ねた末に、ようやく内定を得ます。しかし喜んだのもつかの間、コロナ禍を理由に一方的に内定を取り消されてしまいます。
 彼ら2人も社会の不条理に翻弄される個人であるということ。すべてのことは他人事ではない、というメッセージが若者たちのエピソードで表現されていて、これがメインストーリーに厚みを出してるんです。

 ネットで検索してみるとこの作品を、政権批判として事実かどうかという観点だけで批判してるレビューが目立ちます。雑誌などでも、このドラマは事実と異なる点が多い、みたいな取りあげかたばかり。社会と個人の相克を描く人間ドラマとしての側面が評価されないのは、残念でなりません。
 事実と異なる印象を与えてしまうのはフィクションでもよくない、なんて批判があるけど、じゃあ、森友問題で自民党の政治家たちは無罪だと考えてた人たちのなかで、このドラマを観て、やっぱり有罪だったのか、と考えを180度変えた人が何人いるのですか? たぶんそんな人はいないんですよ。もともと有罪だと考えてた人は、このドラマを観てやっぱりな、と思うかもしれない。でも、もともと無罪だと考えてた人の意見を覆すほどの影響力は、このドラマにはありません。その証拠に、あれだけ疑惑が騒がれたのに自民党は選挙で圧勝してるじゃないですか。
 だいたい、フィクションで事実を変更するのは当然のことであって、それを理由にフィクションを叩くのはズルいやりかたです。事実を変えてはいけないのなら、大河ドラマは放送できません。神話なんてものは歴史の事実を曲げたフィクションなのだから、すべて発禁にしなければいけなくなります。

 日本人のみなさんは、現実の森友問題を知ってるぶん、政治的な要素に引きずられてしまい、作品として素直に評価できてないのかもしれません。
 『新聞記者』はネットフリックスで世界中に配信されてます。日本の政治状況に詳しくないであろう外国人がこのドラマをどう評価してるか、有名な批評サイト、ロッテントマトで確認してみましょう。
 ロッテントマトでのプロレビュアーの評価は、なんと100%でした。
 えーっ! そんな高評価なのー? ビックリしたかもしれませんが、これは100点満点という意味ではありません。ロッテントマトの評価法は独特なんです。その作品をレビューした人のうち、作品に平均点以上の点をつけた人がどれくらいいるか、という割合を数字で示しているんです。
 つまりロッテントマトのパーセンテージは、観て損はない作品であると評価した人がどれくらいるか、という数値なんです。傑作との評価が多い作品には、サーティファイドフレッシュという特別なラベルがつきます。
 『新聞記者』の場合はレビュアー全員が平均点以上をつけてるので100%なんです。たとえば英ガーディアン紙のレビュアーは、政治ジャーナリズムの描きかたに稚拙な点があるものの、センチメンタルなメロドラマとしてはじゅうぶん楽しめる、というような感じで、5段階評価で星3つの平均点。
 ちなみに最近ネットフリックスで話題になった韓国ドラマの『ウ・ヨンウ弁護士は天才肌』も同じく100%の評価になってます。私も観たけど、観て損はない作品との評価に賛成です。
[ 2022/10/05 09:18 ] 未分類 | TB(-) | CM(-)
プロフィール

Author:パオロ・マッツァリーノ
イタリア生まれの日本文化史研究家、戯作者。公式プロフィールにはイタリアン大学日本文化研究科卒とあるが、大学自体の存在が未確認。父は九州男児で国際スパイ(もしくは某ハンバーガーチェーンの店舗清掃員)、母はナポリの花売り娘、弟はフィレンツェ在住の家具職人のはずだが、本人はイタリア語で話しかけられるとなぜか聞こえないふりをするらしい。ジャズと立ち食いそばが好き。

パオロの著作
つっこみ力

読むワイドショー

思考の憑きもの

サラリーマン生態100年史

偽善のトリセツ

歴史の「普通」ってなんですか?

世間を渡る読書術

会社苦いかしょっぱいか

みんなの道徳解体新書

日本人のための怒りかた講座

エラい人にはウソがある

昔はよかった病

日本文化史

偽善のすすめ

13歳からの反社会学(文庫)

ザ・世のなか力

怒る!日本文化論

日本列島プチ改造論(文庫)

パオロ・マッツァリーノの日本史漫談

コドモダマシ(文庫)

13歳からの反社会学

続・反社会学講座(文庫)

日本列島プチ改造論

コドモダマシ

反社会学講座(文庫)

つっこみ力

反社会学の不埒な研究報告